人生とは正に天候のようなものです。
それは実に様々な表情を持っています。
雲一つ無く晴れ渡り、陽の光が惜しみも無く降り注ぐ日もあれば、雲が天空を覆い尽くし、陽の光が大地へと届かない日もあります。
猛烈な風雨によって荒れ狂う日もあるでしょう。
天候は実に多用に、様々な一日をあなたに与えます。
あなたは天候に対して好き嫌いを所有していることでしょう。
晴れの空が好きな人がいます。
曇りの空が好きな人がいます。
雨の空が好きな人がいます。
嵐の空が好きな人がいます。
晴れの空が嫌いな人がいます。
曇りの空が嫌いな人がいます。
雨の空が嫌いな人がいます。
嵐の空が嫌いな人がいます。
人それぞれに好き嫌いはあるでしょう。
人の価値観は全能ではないため、そこに好き嫌いが生じることは仕方のないことではあります。
しかしながら、人生を豊かなものとし、素晴らしい場所にするためには、好き嫌いを用いることはできないのです。
好き嫌いとは偏見です。
偏った見方があるからこそ、好き嫌いが生じるのです。
天空は天空です。
どのような表情を見せても、天空は天空なのです。
あなたの人生がどのような状況を導こうとも、それがあなたの人生であるということに変わりはありません。
人生は人生なのです。
あなたが心地好い状況も、不快に思う状況も、どちらもあなたの大切な人生の時間には変わりないのです。
どのような天空も素晴らしいということに気が付かなければなりません。
好きな表情の天空だけが素晴らしいなどと思い込んではなりません。
あなたにとって気楽な状況だけを幸福などと思い込んではならないのです。
自らの好きなことだけを好むことは、物事の概要しか掴むことができていないということを理解する必要があるでしょう。
表面的な部分や目先のことしか考えられなければ、人は偏見の虜(とりこ)になってしまうのです。
あなたが晴天を好きだとしましょう。
あなたはいつまでも好きな晴天の日が続くことを願います。
しかしながら、年中晴天の日が続くとどうなるでしょう?
曇りの日や雨の日、嵐の日を必要としている存在がいます。
あなたは独りでは生きていくことはできません。
雨の日がなければ、空腹を満たすことさえできないのです。
これは、極端な例ですが、あなたは自らにとって幸福な日が続くことを願っているでしょう。
そして、苦しみや厳しさの日を拒絶することでしょう。
嫌いな天候も、なければ自らの生死に直結します。
嫌いな状況がなければ、あなたは豊かな人生を生きていくことはできないのです。
好きな状況ばかりが続くのならば、人は成長することができないのです。
嫌いな状況や苦しく厳しい状況を乗り越えて進むからこそ、人は成長することができるのです。
すべては必要によって満たされています。
人生には晴れの日のように穏やかな状況もあれば、嵐の日のように厳しい状況もあるのです。
しかしながら、どちらもあなたにとっては大切な一日であり、大切な状況なのです。
好きなことばかりを大切にしてはなりません。
うまくいかない時はうまくいかないで良いのです。
そこには現状のあなたには理解することのできない大切な理由が存在しているのです。
思いのままに進むことが正しいと思ってはなりません。
曇りの日も、雨の日も、嵐の日も、あなたにとっては大切な一日であるのです。
0 件のコメント:
コメントを投稿