人生は人格を高めるためのものであると理解しなければなりません。
人生が人格を高めるための時間であり、場所であるということを理解しなければ、人生における必要を満たすことはできないでしょう。
賢者は、人生が人格を高める場所であるということを知っています。
そのような人は一日中自らを思っています。
一日中思考を凝らし、思い巡らせて、次(先)のことを考えています。
それが成長や向上や発展へと繋がり、自らの人格を高め、人生を豊かなものにすると知っているからです。
人生は自分自身が築いているということに気が付き、人生を豊かなものにするためにはそれが欠かせないということを知っているのです。
そのため、賢者は時間を無駄に過ごすということはありません。
時間を無駄に過ごそうとは考えないのです。
それは、その人から怠慢を取り除きます。
身体は休んでいるにしても、思考は働き続けているのです。
よく考える人は、物事の真理に近付きます。
考えない人は、真理から遠ざかります。
大切なのは考えることなのです。
怠惰な人は考えることの重要性に気が付いてはいません。
他人や常識などに自らの判断を委ね、自分自身では考えることも決めることをしないのです。
思考の怠慢は人格を損ないます。
あなたが人格を高めるためには、思考の勤勉は欠かせないのです。
もちろん、一つのことに対して勤勉に働いたとしても、それ以外の部分が怠惰であるのならば、人は人生に豊かさを得られないのです。
あなたはできる限りの事柄について勤勉でなければなりません。
怠惰に浸ることなく自らを克己してよく思考し、よく励(はげ)まなければならないのです。
怠惰な人は大切なものを失います。
それは人生の必要を満たすことをしなかったからです。
勤勉な人は大切なものを得ます。
それは人生の必要を満たすからです。
必要を満たすことなく、必要が満たされることはありません。
人は人生において、成すべきことを成さなければならないということを覚えておかなければならないでしょう。
ただ歳を取るだけではなりません。
人格を高めることをしなければ空しいということを理解しましょう。
人格の伴わない人は空虚です。
ただ歳を重ねるだけでは貢献することはできません。
高尚な人格を持たない老人は煙たがられ、嫌われます。
それは、自らの成すべきことをしなかった怠惰な人間だと知らせるからです。
無責任な人と関わりを持とうとする人がいないように、人生において自らの人格を高めるように努めなかった人は必要とはされません。
ただ歳を取っただけの老人から何を学ぶと言うのでしょう?
残念ながら、学ぶことはありません。
それよりは、若年であっても人格の高まりを見せる人から学ぶことの方が遥かに多いのです。
人は誰しも人格を高めるために存在しています。
どのような人も学びたいと思っているのです。
しかしながら、周囲の大人から学ぶことが無ければ、その人は諦めます。
諦めた人は本来の目的を見失い、怠惰な人に成るのです。
あなたは人に見られています。
あなたの目の前の人はあなたという人間から学ぼうと考えています。
あなたは人に教えられることがありますか?
あなたが人に教えることが無いと言うのであれば、あなたは怠けているのです。
勤勉な人は何等かの教えられるものを所有しているのです。
それは、人生を無駄に過ごしてはいないからです。
人格を高めるために人生から学ぶ人は、時間を無駄にすることはありません。
そのように勤勉な人は、人に大切なことを伝えることができるでしょう。
あなたは人生が人格を高めるためのものであることを理解しなければなりません。
自らの中に存在している怠惰を退けましょう。
体内に病を持てば、命が脅かされます。
一つの臓器がその機能を失えば、やがて全体を失うことになるのです。
豊かに生きるためには病を取り除かなければなりません。
豊かな人生を得るためには、怠惰を取り除かなければならないということを覚えておきましょう。
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