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「”天”から受け取った言葉を紹介しています。少しでも、あなたのお役に立ちますように」

2020年6月2日火曜日

孤独な道

すべての人は、人生に目的を以(もっ)て生まれます。
すべての人は、人生に果たすべき目的を以て生まれるのです。
すべての人は、人生の目的を果たさなければなりません。
誰一人として、無意味に生まれ、無駄に生なきている人はいないのです。
すべての人が、目的を果たすために生まれ、生きているのです。
あなたは、そのことを理解しなければなりません。
どのような人生にも意味があり、価値があります。
あなたは、自分の人生に意味があり、価値があるということを理解しましょう。
決して、人生を無下(むげ)に扱ってはならないのです。
過去や現状がどのようなものであったとしても、人生を諦(あきら)めてはなりません。
今は、目的を見失い、何をすれば良いか分からないかも知れません。
しかしながら、人生に対して向き合い続ければ、自分が何のために生まれ、何を成すべきか?分かってきます。
残念ながら、人生の目的を理解することは容易(ようい)ではありません。
果たすべき人生の目的は、あなたの内の深いところに潜在(せんざい)しているからです。
多くの人は、何事も外に探します。
多くの人は、外に何かが存在すると思い込んでいるのです。
外に探せば、自分を満たしてくれる何かがあると思い込んでいるのです。
残念ながら、外には何も存在しません。
外は幻想なのです。
外は、内の投影です。
本質は内に存在するのです。
そのため、あなたは内に探さなければなりません。
内に探せば、いつかは見付かるのです。
しかしながら、外を探しても決して見付からないのです。
あなたは、内と向き合いましょう。
自分以外の存在には、あなたの人生の目的が分からないのです。
誰にも、あなたの人生を理解することは出来ません。
あなただけが、内に潜在する人生の目的を見付けることが出来るのです。
あなたは、自分の内に向かいましょう。
それは、孤独な道です。
孤独な道は、誰とも歩けません。
あなたは、独りで歩かなければならないのです。
多くの人は、それに不安を覚えるのです。
独りでは、歩いても目的地へと辿り着くことが出来るか分かりません。
それは、二人で歩いても同じことではありますが、独りなら不安は大きいのです。
そのため、多くの人は、独りで歩くことをしません。
誰かと共に外の道を歩くのです。
残念ながら、外には目的地は存在しません。
多くの人は、方々(ほうぼう)探し回りますが、決して見付けることは出来ません。
多くの人は、人生の目的を見付けられないまま、年老いてしまうのです。
誰かと外を探しても見付かることはありません。
あなたは、独りで内を探さなければなりません。
多くの人は、独りを嫌います。
そして、自分の人生を生きることを恐れるのです。
なぜなら、そこには多くの危険が存在すると思い込んでいるからです。
多くの人は、誰も足を踏み入れたことのない藪(やぶ)を恐れます。
そこには、多くの危険が存在すると思い込んでいるからです。
切り開かれた道であれば、安心して歩くことが出来ます。
それは、道筋が見えていることで危険がないと思うからです。
残念ながら、どのような道にも危険は存在します。
道筋が見えているからといって、危険が存在しないということではありません。
藪であったとしても、安全であるかも知れないのです。
どのような道を進んでも危険は存在します。
ならば、少しでも満たされる可能性の高い道を進んだ方が良いのです。
あなたは、内に人生の目的を探しましょう。
内を歩くためには、独りでなければなりません。
人にどう思われようと、何を言われようとも歩み続けなければなりません。
誰も、あなたの人生の目的と道を知らないのです。
人には、自分勝手に思わせておけば良いのです。
自分勝手に言わせておけば良いのです。
あなたは、人(外)を気にすることなく自分(内)を歩みましょう。
どの道を進んでも危険は付き物です。
どのように歩いても危険は避けられません。
避けられないものを気にしてはなりません。
危険が存在するのが当たり前であり、自然なのです。
あなたは、独りで内に向かって歩きましょう。
どこに辿り着くかなんて誰にも分かりません。
どこでも良いのです。
独りで内を歩き、辿り着いたところが辿り着くべきところなのです。
とにかく歩きましょう。
独りで歩きましょう。

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