このブログについて

「”天”から受け取った言葉を紹介しています。少しでも、あなたのお役に立ちますように」

2020年6月23日火曜日

生き難い人生

すべての人は、人生に目的を以(もっ)て生まれます。
すべての人は、人生の目的を果たさなければなりません。
誰一人として、この人生に無意味に生まれることはありません。
どのような人物であろうとも、人生に目的という意味を以て生まれるのです。
人は、それぞれの目的のために生まれるのです。
誰一人として、同じ目的のために生まれることはないのです。
あなたは、人生に生まれた意味を探さなければなりません。
何も考えずに生きてはなりません。
あなたは、人生を追求しなければならないのです。
目の前の快楽や欲望や責任を貪(むさぼ)って生きることは、人生の意味を追求する生き方ではありません。
目の前の快楽や欲望や責任を貪って生きることは、何も考えずに生きることに等しいのです。
人生について考えることがなければ、何も考えてはいないのです。
人生について考えることは重要です。
なぜなら、あなたは、人生の目的を果たすために生まれたからです。
自らが生まれた意味を知らなければ、人生は空しいのです。
多くの人は、空しい人生を生きているのです。
多くのものを所有しながらも、空しく生きているのです。
多くの人は、多くを所有することによって、人生を満たすことが出来ると思い込んでいます。
より便利になり、より豊かになることによって、満たされると思い込んでいるのです。
しかしながら、どれだけ多くのものを所有したところで、空しさを避けることは出来ません。
どれだけのものを所有したとしても、満たされることはないのです。
寧(むし)ろ、所有すればする程に、空しさは強まるのです。
多くの人は、多くを所有することによって、人生の目的を見失います。
多くの所有物によって、人生の目的が覆(おお)い隠されてしまうのです。
人生の目的は、最も本質的な場所に存在しています。
それは、最も深い場所に存在しているのです。
人生の目的を知るためには、余計なものを取り除いて、最も深い場所にあるそれを手にしなければならないのです。
人生の目的を手に入れるためには、余計を手放さなければなりません。
純粋でなければ、人生の目的を理解することは出来ないのです。
人生における様々な問題や苦しみは、あなたが余計を手放すための必要です。
あなたは、様々な問題や苦しみによって、余計を手放さなければならないのです。
余計は、心を汚します。
余計は、煩(わずら)いなのです。
余計とは、目の前の快楽や欲望や責任を貪(むさぼ)り、人生を追求するのを邪魔する感情のことです。
余計を手放さない限りは、思い煩いに苦しむのです。
人生は、思い通りにはならないものです。
人は、それぞれに問題を抱えて苦しむのです。
すべての人は、人生に苦しむのです。
苦しみを避けることは出来ません。
それは、あなたの心に煩いが存在するためです。
心の中から煩いが取り除かれない限りは、苦しむと理解しましょう。
誰にとっても、人生は苦しいのです。
誰にとっても、この世は生き難(がた)いのです。
この世の苦しみには、大切な意味があります。
その一つ一つが、あなたの心の中の煩いを取り除くための必要なのです。
あなたは、苦しみによって他者とは異なる景色を見るでしょう。
煩いの形は、人それぞれに異なるのです。
あなたは、他者と同じ景色を見るために生まれたのではありません。
他者と同じ景色を見て、同じことを考え、同じことを行ってしまえば価値はないのです。
あなたは、他者とは異なるために生まれたのです。
それは、あなたには、この世界における独自の役割が与えられているからです。
あなたは、自らに与えられた役割を果たさなければなりません。
それは、他者とは異なる道なのです。
あなたは、他者とは異なる道を歩まなければなりません。
苦しみは、それぞれに異なるものです。
苦しみは、心の煩いによって異なります。
あなたは、他者とは異なる苦しみを経験しなければならないのです。
苦しみの形はそれぞれに異なります。
それは、生き方もそれぞれに異なることを意味しているのです。
苦しみの形に従って、人生の形も異なるのです。
あなたは、他者とは異なる人生を生きなければなりません。
あなたは、他者とは分かり合えないのです。
しかしながら、それで良いのです。
異なるからこそ、違う景色が見えるのです。
異なるからこそ、違うように考えることが出来るのです。
異なるからこそ、違うように行うことが出来るのです。
あなたは、苦しみによって他者とは異なりますが、異なるからこそ得られるものがあると理解しましょう。
生き難い人生には意味があるということを知りましょう。
人は、違いによって価値を生むのです。

0 件のコメント:

コメントを投稿