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「”天”から受け取った言葉を紹介しています。少しでも、あなたのお役に立ちますように」

2020年2月9日日曜日

不自由を生きる

すべての人は、人生に目的を以(もっ)て生まれます。
すべての人は、人生の目的を果たすために生まれるのです。
それ以外の理由で生まれる人はいません。
どのような人物であろうとも、人生には、果たさなければならない目的が存在するのです。
人生の目的を無視することの出来る人はいません。
どのような理由があろうとも、人生の目的とは向き合わなければならないのです。
あなたに、拒否権はありません。
あなたは、人生の目的に対して同意しなければならないのです。
人生の目的を無視して生きることの出来る人はいません。
あなたは、人生の目的を果たすために生きなければならないのです。
人生の目的を果たすためには、それを果たすための役割を果たさなければなりません。
役割を果たすことがなければ、人生の目的を果たすことは出来ないのです。
あなたは、どのような目的を果たすためにも、それに相応しい役割を果たさなければならないということを理解しなければなりません。
ただ、生きているだけで人生の目的を果たすことが出来る程、人生は容易(たやす)いものではないのです。
何の努力も、何の辛抱(しんぼう)も、何の妥協(だきょう)も、何の諦(あきら)めもせずに、人生の目的を果たすことなど出来るはずがないのです。
役割を果たすということは、努力、辛抱、妥協、諦めを受け入れるということなのです。
役割とは、生き方を限定するということなのです。
役割とは、限られた範囲の仕事なのです。
仕事を限定することによって、役割と成るのです。
あなたは、そのことを覚えておかなければなりません。
何もかもを欲しがり、自分勝手に生きることでは、役割を果たすことが出来ません。
そのような生き方をする者が、人生の目的を果たせるはずがないのです。
大切なのは、不自由に生きることです。
これは、不自然に生きるということではありません。
自由に生きることは、自分勝手に振る舞うことです。
それでは、役割の範囲に自分自身をとどめることが出来ません。
役割の範囲にいなければ、それを果たすことは出来ないのです。
不自由に生きることは、制限と共に生きるということです。
聞こえは悪いかも知れません。
しかしながら、役割の範囲にとどまるためには、不自由を受け入れなければならないのです。
人生は、思い通りに生きることが出来ません。
それは、どうしても果たさなければならない目的が存在するからです。
人生の目的は、先天的なものです。
それは、人生を始める前に決めておく必要があったのです。
因果の仕組みが支配するこの世界では、人生の目的が存在しなければ、人生を始めることが出来ないのです。
そのため、人生の目的は、あなたが生まれる前に決めたものであり、現状のあなたが忘れていることなのです。
そのため、人生は、思い通りにならないことが自然であり、最善です。
しかしながら、多くの人は、そのことを知りません。
多くの人は、思い通りに成ることが最善だと思い込んでいるのです。
すべての人は、未熟に生まれます。
あなたは、そのことを理解しなければなりません。
すべての人は、自分が何であり、人生が何であるのか?ということを知らないのです。
何も知らないあなたの思い通りに成ることが、本当に最善だと思いますか?
すべての人が無知なのです。
すべての人が間違うのです。
すべての人が不自然であるのです。
あなたは、そのことを理解しなければなりません。
あなたは、何もかもを欲しがってはなりません。
自分勝手に生きることは間違っているのです。
あなたは、不自由を生きましょう。
努力、辛抱、妥協、諦めによって、自らを役割の範囲にとどめるのです。
あなたは、決して万能ではありません。
あなたは、決して万能には成れないのです。
すべてを請(う)け負うことは出来ません。
許(ゆる)されていない仕事を果たすことは出来ないのです。
あなたに出来ることは、限られた小さなことだけです。
役割とは、そのようなことなのです。
分際(ぶんざい)を見誤ってはなりません。
役割を果たすことが重要です。
役割の範囲外の仕事は、その役割の範囲内に生きる人に任(まか)せましょう。
無理をしても良いことはありません。
出来ないことは出来ないのです。
しかし、やらなければならないことは、やらなければなりません。
役割の範囲を見極めましょう。

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