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「”天”から受け取った言葉を紹介しています。少しでも、あなたのお役に立ちますように」

2013年1月20日日曜日

得をする人

あなたは利益の姿を知らなければなりません。
あなたが利益だと思っているそれは、あなたにとって本当に利益となり得るものなのでしょうか?
あなたは、この世界においての利益の姿がどのようなものであるのかを知らなければなりません。
それは利益の姿を知らなければ、本当の利益を得ることはできないからです。
利益だと思って掴んだものが本当は利益などではなく、損失であるということもあるのです。
利益の姿を知らなければ、利益を得ることはできないということを覚えておかなければならないのです。
この世界においての利益の姿には共通点があります。
どのような利益もその本質的な姿は同じなのです。
その点を考慮して物事を選択しなければ、利益ではなく損失を掴んでしまうことになるでしょう。
この世界においての利益は、得をすることです。
得をすることが利益を得るということなのです。
得をすることがなければ利益を得ることはできないのです。
得をするということは、あなたが「徳を修める」ということなのです。
徳をすることなく得をすることはできません。
その行動が相手を思いやる気持ちから始まり、問題を解決して価値を生み出して貢献するということが徳を修めるということです。
簡単に言えば、人が喜ぶ良い行いをするということです。
それが利己的な発想であったり、誰かに損失を与えることであったり、誰かを不快な気分にさせたり、傷付けて得るものであるのであれば、それは利益であるとは言えないのです。
利益とは、そのすべてが建設的なものです。
それは役に立つ働きをした者にこそ許される価値なのです。
利己的な行動から得る結果を利益だなどと考えてはなりません。
誰かの物を盗んで得たお金を利益だと考えたり、支払うものを支払わずに浮いたお金を利益などと考えてはなりません。
自らがやるべきことをやらずに、楽をして得た状態を利益だと考えてはならないのです。
この世界には原因と結果の法則が働いています。
それを無視することのできる人物は存在しません。
自分の考え方やその行い(生き方)が原因です。
それらは例外無く結果に結び付き、必ず状況に反映されます。
自らがやるべきことをやらずに楽をして得た状態を利益であると考えているのであれば、そこから得られる結果を覚悟しなければなりません。
誰かの物を盗んだり、支払うべきお金を支払わなかったり、誰かを傷付けて得た状態が、あなたに豊かさを運ぶことはないのです。
徳を修める者だけが得をします。
貢献する者だけが利益を得ることができるのです。
自らがやるべきことをやらずに楽をして得たものが利益は、誰かや何かに借りを作っている状態であるということを覚えておかなければなりません。
誰かに借りたお金は踏み倒すことができるかもしれませんが、人生に対する借りを踏み倒すことはできません。
あなたが原因(徳)以上の状態を得たというのであれば、それは損失として人生が処理します。
すべては原因と結果が支配しています。
誰かに作った借りが消えることなどないのです。
借りを作れば、その場では得をした気分になることができるでしょう。
しかしながら、それは一時の快楽でしかありません。
すべてのものは成長し膨張します。
それが誰かに対する借りであるのであれば、それはあなたの意に反して大きく膨らんでしまうのです。
それは何があっても必ず支払わなければならない負債です。
借りという原因は負債という形となり、損失という結果として現れることを覚えておきましょう。
利益を求めているのであれば、とにかく相手に対して貢献することです。
自分が得をするのではなく、自分が徳をするのです。
どのような状態も正しく(借りの無い状態)しておかなければ、その先に存在している利益を得ることはできないのです。
その時、あなたが得をして、相手が損をしただけであるのであれば、相手はあなたに対する信頼を失ってしまいます。
信頼が失われれば、互いに利益を共有することはできなくなるのです。
互いが協力し、互いが利益を分つことのできる状態でなければなりません。
無銭飲食や強盗を行い、相手に損失を与える者が辿る道がどのようなものであるのか知っていますね?
あなたはそのような犯罪は犯さないと言うかもしれません。
しかしながら、相手に利益を与えることができなければ無銭飲食や強盗と何等変わりはないのです。
法律だけがルールではありません。
この世界に存在している「見えないルール」を知らなければなりません。
徳を修めなければ得をすることは有り得ません。
そのことを忘れてはならないでしょう。

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