人生を豊かなものにするためには、自分自身を変える必要があります。
あなたは、自分自身に対して変化を導く必要があるのです。
自分自身が変化することこそが、豊かさへの道なのです。
しかしながら、多くの人は自分自身を変化させることを嫌います。
それは、自分が正しいと思い込んでいるからです。
多くの人は、自分が正しいと思い、自分以外が間違っていると思い込んでいるのです。
残念ながら、それは誤解に過ぎません。
言っておきますが、あなたは正しくありません。
もちろん、あなた以外の他者も正しくはないのです。
すべての人が正しく、すべての人が間違っているのです。
この世界には、正しいものは存在しません。
そして、間違っているものも存在しないのです。
この世界に存在しているのは、正しくもあり間違ってもいるものだけなのです。
どのようなものにも、必ず光と影が同時に存在しています。
この世界には、光だけは存在しません。
影だけも存在することはないのです。
光は影によって生まれ、影は光によって生まれるのです。
正しさは間違いによって導かれ、間違いは正しさによって導かれるのです。
すべての人が未熟です。
多くの人は、自分が正しく、自分以外が間違っていると思い込んでいます。
もしくは、自分が間違っていて、自分以外が正しいと思い込んでいるのです。
あなたは正しくもあり、間違ってもいます。
あなた以外が正しくもあり、間違ってもいるのです。
すべてには、陰陽の性質が備わっているということを覚えておきましょう。
あなたは、誤解を手放さなければなりません。
誤解を手放すためには、自分自身を変えなければなりません。
自分を変えることなく、誤解を手放すことは出来ないのです。
多くの人は、人生の乏しさを誰かや何かのせいにします。
しかしながら、それは、自分の誤解が導く選択の結果に過ぎないのです。
あなたの人生が、自分以外の存在によって左右されることはありません。
人生を豊かにするのも、乏しくするのも、すべては自分自身の選択なのです。
あなたは、自分を正しいとする誤解を手放しましょう。
人生は、あなたの信仰に従って展開します。
目の前に導かれる状況とは、あなたの信仰の形なのです。
自分を正しいと思い込んでいる人は、未熟な知識を信仰しています。
それは、未熟な状況を導くでしょう。
未熟な状況とは、問題の導かれる状況のことなのです。
人生が乏しさを得るのは、未熟な信仰に由来しているということを覚えておきましょう。
あなたが自尊心を手放し、謙虚(けんきょ)であれば、未熟な信仰に頼る必要はないでしょう。
自分が正しくもあり、間違っていることを知れば、人生は豊かなものになるのです。
自分が正しいと思い込むのであれば、人生は偏(かたよ)るでしょう。
自分が間違っていると思い込むのも同じことです。
偏りによって、人は変化する必要性を失います。
それは、偏りによって自らを正当化するからです。
人は、偏ることによって何かに属する時、相対的に敵を生み出します。
人が偏るためには、敵が必要なのです。
そのため、自分が正しいと考えることによって敵を見出している人は、必ず偏っているのです。
多くの人は、自分を正当化することによって、敵がいることを当然のことだと信じ込みます。
しかしながら、あなたはそれが異常な状態であるということを理解する必要があるのです。
本来、この世界に敵は存在しません。
すべての存在があなたの成長を助ける役割を担っているのです。
しかしながら、多くの人はそのことを信じません。
多くの人は、敵が存在することが当然のことだと考えているのです。
そのため、わざわざ外に敵を作るのです。
他者に信仰を捨てさせ、変化させることは出来ません。
人はそれぞれの信仰に従うのです。
あなたが人生に豊かさを求めているのであれば、自分自身を変える必要性を見出しましょう。
自分以外を変える必要はありません。
自分が変わらなければ、何も変わりはしないのです。
未熟な信仰を守り続けてはなりません。
未熟な信仰を手放し、新たな変化を実現しましょう。
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