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「”天”から受け取った言葉を紹介しています。少しでも、あなたのお役に立ちますように」

2018年12月4日火曜日

最上の美しさ

人生において大切なことは、心を美しく保つことです。
心が美しくあることが最上です。
心の美しさに比べると、その他のすべてのものが見劣りしてしまいます。
しかしながら、多くの人はそのことに気が付きません。
最上である美しさを無視して、見劣りする美しさを追い求めているのです。
多くの人は、この世の富を目指します。
この世に存在するものに自分勝手に価値を決め、それを集めているのです。
この世に存在するものの価値は平等です。
この世には、価値の差は存在しないのです。
人が立場に従って価値を決めているに過ぎないのです。
多くの人が求める価値に、あなたの求める価値があるとは限りません。
価値とは、立場に従って見出される必要のことなのです。
価値は、自分にとっての必要に近付く程に高くなり、不要に近付く程に低くなるのです。
それが、自然なのです。
多くの人は、不自然を生きています。
不自然を生きるとは、価値を見失って生きるということです。
価値を見失って生きれば、人生を豊かなものにすることは出来ません。
人生を豊かなものにするためには、価値を知らなければならないのです。
自分にとって、何に価値があり、何に価値が無いのか?ということを見極める必要があるということを覚えておきましょう。
この世のすべてに価値があります。
しかしながら、あなたの役割や立場に照らし合わせてみれば、価値のあるものと無いものが存在するということを理解しなければなりません。
鳥には、翼が必要です。
鳥にとって、翼は価値のあるものです。
魚には、鰓(えら)が必要です。
魚にとって、鰓は価値のあるものです。
鳥には、鰓の価値を理解することは出来ません。
魚には、翼の価値を理解することが出来ないのです。
鳥にとって、鰓は無価値なものです。
魚にとって、翼は無価値なものなのです。
それぞれの立場によって、必要と価値は異なるのです。
鳥は翼を求め、魚は鰓を求めなければなりません。
それが自然です。
しかしながら、多くの人は、自分の必要と価値を知りません。
多くの人は、自分にとって必要の無いもの、価値の無いものを追い求め、苦しんでいるのです。
苦しみとは、余計によって生じるのです。
余計とは、邪魔です。
それは、妨げとなるのです。
大切なのは、余計を抱えないことです。
自分にとっての必要と不要を見極めなければなりません。
そのためには、見極める心が必要です。
心が、自分にとっての必要と不要を見極めるためには、美しくあることが求められるのです。
濁水(だくすい)によっては、水底を見極めることが出来ません。
水底を見極めるためには、清水(せいすい)を必要とするのです。
美しい心であれば、自分にとっての必要を見極めることが出来ます。
しかしながら、心が汚れ、歪んでいるのであれば、自分にとっての必要を見極めることが出来ないのです。
必要を見極めることが出来なければ、不要を求め、掴んでしまうでしょう。
それは、問題と苦悩の原因となるのです。
あなたは、手前の損得を考えてはなりません。
人生は、全体的に考えなければなりません。
大きく見積もらなければ、心は汚れ、歪んでしまうのです。
思い通りに展開することなどありません。
計画は、必ず頓挫(とんざ)するのです。
あなたは、その度に当初の考えを改めなければならないのです。
そうやって、心の汚れや歪みは解消されていきます。
汚れの沈殿を待つのではありません。
汚れを取り除かなければならないのです。
心を美しく保つことを考え、それ以外の細かなことを難しく考える必要はありません。
余計は手放しましょう。
手前の損得の基準となっているものは余計であり、不要であるということを理解しておきましょう。
心が歪めば、人生に豊かさは実現しません。
心の歪んだ者が、何をどれだけ集めようとも、そのすべてが余計であり、不要であるということを覚えておきましょう。
心を美しく保ち、必要を必要な分だけ手に入れましょう。
欲を出してはなりません。
自分にとっての最上の美しさを手に入れることが出来れば、人生はそれで良いのです。

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