欲望に溺れる者は、この人生の大河を渡り切ることができないでしょう。
人生は河の流れのようなものです。
人はそこを渡る一艘(いっそう)の小舟です。
舟は常に河の流れにさらされています。
舟は常に水の流れの影響を受け、放っておけば下流へと流されていくのです。
小舟の目的地は対岸です。
対岸には最も大きな喜びがあります。
それは豊かな人生であり、幸福というものなのです。
そのために、舟は対岸を目指すのです。
舟が対岸に辿り着くためには、流れに逆らって進まなければなりません。
流れに負けてしまうのであれば、対岸へと辿り着くことはできないのです。
対岸に辿り着くことのできなかった小舟は、流れに飲まれてしまうか、座礁(ざしょう)してしまうか、永遠に彷徨(さまよ)うことになります。
それは舟にとって苦しいことであるのです。
重要なのは、河の流れに逆らって進み、目的地である対岸に辿り着くことなのです。
流れに負けてはならないのです。
これを人生に当てはめるのであれば、河の流れとは欲望です。
人は欲望に流されるように生きているのです。
それに流されてしまうと、人生の崇高な目的である「夢」を実現することができません。
人は「夢」に辿り着かなければ、豊かさと幸福を得ることができず、苦しみを得ることになるのです。
人は誰でも「夢」を持っています。
「夢」が無いと言う人は、叶わぬものだと諦めて、嘘を吐いているだけです。
誰もが成りたい自分を持っているのです。
誰もが「夢(人生の目的)」を果たすために生まれて来たのです。
嘘で誤摩化し、それと向き合うことが恐いだけなのです。
その結果、欲望に身を任せることによって、自らを慰めているのです。
欲望に流されることは「夢」の実現とは真逆の行為です。
なぜ、それで慰められるかと言えば、多くの人がそうであるからです。
多くの人が流れに逆らうことができずに対岸を諦めます。
流れに飲まれ、苦しむのです。
あなたは「夢」を覚えていますか?
「夢」を持っていますか?
欲望に流されるのであれば、辿り着くべき対岸から離れてしまいます。
「夢」から離れるほどに、それを忘れてしまうのです。
そして、多くの人が本来の目的を忘れ、欲望を目的として生きていくことになるのです。
そして、人生の意味を知らず、自分が何者であるのかも分からないまま、流れに沈没するのです。
河の流れに逆らって進むことは簡単なことではありません。
欲望に打ち勝つことは、決して簡単ではないのです。
常に自らを律する必要があります。
欲望を制し、それに打ち勝つためには、欲望よりも強い決意が必要であるのです。
河の流れよりも強いエネルギーによって漕(こ)がなければ、流れを割って進むことなどできるはずがないのです。
あなたは自らを律しましょう。
欲望の快楽に溺れてはなりません。
自分の「夢」が何であったのかを常に考えておきましょう。
あなたは人生を「夢」のために生きなければなりません。
生活するために生まれて来たのではないのです。
肉体を存続させるために生まれて来たのではないのです。
人は「夢」を叶えるために生まれ、生きているのです。
あなたはそのことを忘れてはならないのです。
河の流れは常に迫ります。
人は常に欲望の脅威にさらされています。
気を抜けば、すぐに捕えられてしまうでしょう。
流れに流されるのは簡単です。
しかし、それに逆らって進むことは難しいのです。
油断してはなりません。
欲望に流されて「夢」を見失ってはなりません。
何のために生まれ、何のために生きているのかを忘れてはならないのです。
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