多くの人は、自分自身の状態について理解していません。
	多くの人は、自分自身のことを知らないのです。
	それは、主観に頼る人生観に問題があります。
	多くの人は、自らの価値観の中に人生を築くのです。
	それが「普通」であり、「常識」であるからです。
	そのために、視点と視野が限定されるのです。
	その人の世界観はそれ以上の広がりを見せることはないのです。
	世界観が発展することがなければ、それ以上の情報を得ることはできません。
	自分自身の受容力が限界に達するために、それ以上のことを受け入れることができず、理解することもできないのです。
	受容力に乏しい者は、新たな情報(知識、方法、判断基準)を学び、それを実行することができません。
	新たな展開がないのであれば、それ以上の可能性を得ることは不可能です。
	即ち、それ以上の成長を実現することができないということなのです。
	多くの人は成長に対して貧しいのです。
	多くの人は成長が不足しています。
	そのために、不満や不安、欲望や(利己的な)利益、財産や物質、不足や苦悩の中に生きるのです。
	多くの人は豊かさや幸福とは離れた場所で人生を営んでいるのです。
	現実逃避をして豊かさと幸福を手に入れても何の意味もありません。
	不足や問題などのすべての状況を認めながらも、豊かさと幸福を手に入れる必要があるということなのです。
	そのために、主観から離れ、自らを成長させる必要があるのです。
	主観に頼っているのであれば、人は成長することができません。
	主観に頼っているのであれば、人は人の話を聞くことができないからです。
	多くの人は自らを美化しているために正当化します。
	その習慣が根強いために、自分が正しいなどと信じています。
	そこにはどのような根拠があるのでしょう?
	あなたが正しい根拠など、どこを探しても存在しないのです。
	あなたが未熟である根拠はどこにでも存在しているのです。
	あなたは間違えてはなりません。
	すべての状況に意味があり、重要な学びであるということを理解しなければならないのです。
	理解することができないことであろうとも、それを受け入れなければなりません。
	受け入れることがなければ、決して理解には到達しないのです。
	難解であろうとも、受け入れて噛み砕くことによってようやく理解する可能性を得るのです。
	新説を受け入れるのには、それなりの時間と労力が必要です。
	それは、主観的な習慣が根強いからです。
	簡単ではありませんが、それは必ず解消します。
	受け入れ難いことに対しても、人は心を開かなければならないのです。
	新たな情報を得なければ、世界は広がりを見せないのです。
	あなたは人生の目的を覚えていますか?
	人生の目的は成長を実現することです。
	細々したことは多々有れど、根本には成長という目的が存在しているのです。
	このことを見失っている人が多いのです。
	多くの人がこれを知らずに生きているのです。
	そのために、(人格的、魂としての)成長に乏しいのです。
	あなたは成長することによって、苦しみを無くしていかなければなりません。
	無知とは、苦しみの原因なのです。
	あなたは無知ではならないのです。
	不満、不安、心配、恐怖、不幸、問題、苦しみ、争い・・・
	これ等の原因は、そのすべてが無知によって導かれるのです。
	知恵はそれ等を喜びに変えることができるのです。
	主観に頼る愚かな者が知恵を得ることはありません。
	それは、主観に反する情報を受け入れることができないからです。
	あなたは、受容力を育まなければなりません。
	受容力は主観を離れることで身に付きます。
	謙虚でありましょう。
	自分が未熟であり、学ぶことが山程存在しているということを理解しましょう。
	
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