すべての人は、目的を持っています。
	すべての人は、自らの掲げる目的を果たすために生きているのです。
	誰にでも、目的があるのです。
	この世界において、目的を持たない者はいません。
	それが短期的な目的であろうとも、長期的な目的であろうとも、ただの思い付きであろうとも、目的に違いありません。
	すべての人が、何等かの目的のために生きているのです。
	そして、目的を果たすことによって充足感を得ることができます。
	どのような方法を用いたとしても、目的を果たすことがなければ、充足感を得ることはできないのです。
	何を得ても、目的が果たされていなければ不満を覚えるのです。
	人は、そのようにできているのです。
	あなたには、本当に成し遂げたいことがあるはずです。
	本当に成し遂げたいことを、他の何かで誤魔化そうとしても無駄です。
	本当に成し遂げたいことは、他のどのような魅力にも勝っているからです。
	本当に成し遂げたいことを別の何かで覆い隠そうとしても、その光は隙間を見付けて輝きを放つのです。
	多くの人が自分に嘘を吐いています。
	多くの人が、本当に成し遂げたいことを諦めて、別の何かによって紛らわそうとしているのです。
	大切なのは、本当に成し遂げたいことに対して、懸命に向き合うことです。
	それを成し遂げられるかどうかは分かりません。
	どれだけの努力を重ねても、成し遂げられないこともあるのです。
	大切なのは、本当に成し遂げたいことを成し遂げることではありません。
	もちろん、本当に成し遂げたいことを成し遂げる方が良いと感じるでしょうが、それを成し遂げることができなくても良いのです。
	大切なのは、本当に成し遂げたいことに対して本気で向き合い、その気持ちを完全に燃焼することにあるのです。
	本当に成し遂げたいことに対して本気で向き合えば、結果がどのようなものであったとしても、そこに充足感を得ることができるのです。
	人生においては、理想が実現することなどに価値はありません。
	人生において価値のあるのは、現実が充足することなのです。
	そのためには、本当に成し遂げたいことに対して本気で向き合う気持ちを大切にしなければならないのです。
	多くの人は、自分が本当に成し遂げたいことなぞ知らないと言うでしょう。
	人生に成し遂げたいことなど無いと反論するかもしれません。
	しかしながら、それは間違いです。
	多くの人は、事前に様々な条件(言い訳)を持ち出すことによって、自分が本当に成し遂げたいことに対して蓋(ふた)をしているのです。
	初めから諦めているということなのです。
	それは、本気で向き合うことによって失敗することを恐れているからです。
	失敗しても問題ではありません。
	寧(むし)ろ、人生においては、失敗することに価値があるのです。
	失敗することを恐れない者は成功し、失敗することを恐れる者は失敗を続けるのです。
	転けることを恐れる者は目的地へと辿り着くことはできません。
	大切なのは、転けることを恐れずに一歩を踏み出すことなのです。
	多くの人は、既に諦めているために、怠慢(たいまん)を生きています。
	多くの人は、やる気も無く愚図愚図(ぐずぐず)としているのです。
	目の前の詰まらないと思うことに対して、懸命に向き合うことが出来ない者が、何を成し遂げることができるのでしょうか?
	残念ながら、そのような者には何も成し遂げることはできません。
	言い訳ばかりを吐き、楽な方を選び、愚痴(ぐち)をこぼす割に利益を求める。
	このような者が多いのです。
	そのために、多くの人が本当に成し遂げたいことを成し遂げることができないのです。
	本当に成し遂げたいことを成し遂げることができないのは、誰かや何かのせいではありません。
	目の前の詰まらないと思うことに対して、懸命に向き合うことが出来ない態度のせいなのです。
	一歩を疎(おろそ)かにする者は、決して目的へと辿り着くことはできません。
	一歩を疎かにする者は、足を挫(くじ)いてしまうからです。
	多くの人が問題を抱え、それに苦悩しているのはそのためなのです。
	詰まらない生き方をするのはやめましょう。
	目の前に存在するのは、あなたの人生なのです。
	一つのことに手を抜けば、全体の質が低下するということを覚えておきましょう。
	石垣は、一つの落石によって崩壊するのです。
	懸命に生きましょう。
	
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