この世界には、時が存在しています。
すべては、時に従っています。
この世界において実現するすべては、時に叶っているのです。
時に叶わないものは実現しません。
それが実現しているのであれば、時が叶っているということなのです。
あなたは、人生が時に叶っているということを知りましょう。
すべてが必要であり、最善であるのです。
この世界においては、必要であり、最善であるものが実現します。
不要であり、最悪であるものが実現することはないのです。
多くの人は、目の前の状況を必要や最善であるとは思えません。
多くの人は、目の前の状況や必要を最悪であると思っているのです。
そのため、目の前の状況や必要を否定するのです。
残念ながら、あなたには、目の前の状況や必要を否定する権利はありません。
なぜなら、それは自らが蒔(ま)いた種であるからです。
人は、種を蒔きます。
人はそれを様々な場所に蒔くのです。
蒔かれた種は、自然と発芽します。
自然と発芽した種は、やがて大木となるのです。
そして、実を結びます。
あなたは自らが蒔いた種が結ぶ実を食べなければならないのです。
種は、素性(すじょう)に従った実を結びます。
そして、種を蒔いたあなたは、その実を食さなければならないのです。
種とは、原因のことです。
それは、人生の原因なのです。
残念ながら、あなたは結果を選ぶことは出来ません。
なぜなら、それは、自然の理(ことわり)が働いているからです。
原因は、自然の理を通じて結果を導きます。
残念ながら、誰にも答えは分からないのです。
答えは、結果として現れるのです。
種を蒔き、待ちましょう。
ただし、ただ待っている訳にも行きません。
あなたに出来ることは、種が成長するのを手助けすることだけなのです。
それは、自分を磨くということです。
あなたには、それ以外を行うことは出来ないのです。
種の素性を知っているのは、因果の仕組みだけなのです。
あなたに出来ることは、種を選ぶことです。
重要なのは、結果を改めようとすることではなく、原因を改めることなのです。
多くの人は、原因よりも結果を重視します。
しかしながら、そのような認識であれば、あなたが人生に豊かさを得ることは出来ません。
種の世話をすることは出来ますが、種を育てることは出来ません。
種を育てるのは、自然の理なのです。
あなたの作為によっては、種を育てることは出来ません。
種は、自然によって育てられるのです。
あなたは、自らの言動に責任を持たなければなりません。
”奇跡”や偶然を待ち望んではなりません。
多くの人は、”奇跡”や偶然というものが存在していると思い込んでいます。
しかしながら、この世界において、”偶然”や奇跡というものは存在しないのです。
あなたには、種を選ぶことが許されています。
しかし、結ぶ実は選べません。
選べるのは、どのような種を蒔くのか?ということだけなのです。
すべての種は、その素性に従って実を結びます。
そして、すべての種は、時に叶って実を結ぶのです。
隠していても、原因は必ず結果として実現します。
それは、この世界が、種を育てるのを目的としているからです。
あなたは、原因である種を選びましょう。
結果を選ぶことは出来ません。
必要な結果を得るまでは、原因を改め続けなければならないのです。
結果を変えられると思い上がってはなりません。
あなたには、原因を結果へと結び付けることは出来ません。
あなたは、どうして種が発芽し、成長して大樹になるかを知りません。
種を蒔けば、後は勝手に芽を出して実を結ぶのです。
あなたには、原因を思い通りの結果へと導くことは出来ないのです。
あなたに出来ることは、原因を改めることだけなのです。
種が、その素性に従って実を結ぶことを覚えておきましょう。
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