偏見によって、物事を歪めてはなりません。
	
	あなたは物事を正しく見なければなりません。
	事実に基づいて、物事を判断しなければならないのです。
	偏見によって判断しては、あなたは誤ることになるでしょう。
	間違った判断は、間違った結果を導きます。
	間違った結果は、苦しみを引き寄せるのです。
	正しく見て、正しく判断し、正しい結果を受けることがなければ、人は豊かさや幸福を得ることができないのです。
	あなたは正しく見なければなりません。
	偏見を用いるのであれば、あなたの見ている景色は歪んでしまいます。
	歪んだ景色によるあなたの判断は、間違ったものとなるのです。
	偏見は、無知によって生じます。
	無知であるが故に、人は正しく見ることができないのです。
	知恵の高まりは、視野の広がりと同じことです。
	知恵の豊かな者ほど、視野が広く、様々な可能性を導き出すことができるのです。
	知恵の浅い者は、視野が狭く、選択肢は限られるのです。
	より良い選択をしなければ、より良い結果を導くことはできません。
	そのためには、可能性を見出すための知恵が必要であるのです。
	小さな価値観に捉われる者がいます。
	大抵の人はこれです。
	多くの人は自身の小さな価値観の中に生きているのです。
	人が持っている価値観という世界は小さなものです。
	それは、個人の中にとどまるのです。
	この世にどれだけの個人が存在しているでしょう?
	その数だけ世界が存在するのです。
	それを取り囲んでいるのが、この世であるのです。
	個人の世界など、小さなものであるということを理解しましょう。
	星は幾億も輝いています。
	あなたの価値観は、この銀河に瞬く星の一つに過ぎないのです。
	星一つを以て、宇宙を語ることは不可能です。
	それは、宇宙を語るには、一つの星は余りにも小さ過ぎるのです。
	全体のことを語るには、全体を把握する必要があるのです。
	一部だけを知って、全体のことを語ってはならないのです。
	偏見によって一部のことを知ることができるでしょう。
	しかし、それが偏見である以上は、全体を知ることはありません。
	そのため、偏見によって見ている人が、正しいはずがないのです。
	あなたには多くの偏見があります。
	あなたは気が付いていないかも知れませんが、多くの偏見によって歪んだ世界を見ているのです。
	苦しみが存在するのは、判断が間違っているからです。
	間違ったものを正しいと思っているのです。
	そのために苦しいのです。
	正しいものを正しく見なければなりません。
	間違っているものは、間違っているのです。
	間違っているものを正しく見てはならないのです。
	偏見を捨てましょう。
	何事も決め付けてはなりません。
	決め付けることができるほど、あなたは知ってはいないのです。
	知らないのだから、決め付けてはならないのです。
	人は皆未熟です。
	この世に偏見を持たない人はいません。
	すべての人が偏見によって苦しむのです。
	その苦しみを取り除くことが求められるのです。
	苦しいのは自己の責任です。
	誰かや何かのせいにしてはなりません。
	常に自らの見方に偏りがないかを確認しましょう。
	少しでも歪んでいるのならば、あなたは苦しむことになるでしょう。
	偏見を捨てましょう。
	これは、あなたのためです。
	
あなたが文字にする天使の言葉を読めば読む程、自分の中身がまだまだ幼いことを思い知らされます。
返信削除私は私らしく、と決めたばかりなのに
なんだかダメだなぁと挫けてしまいそうです(._.)
深呼吸して、やり直します笑
匿名さんへ
削除人は、人である以上未熟な存在です。
未熟であることが自然であるのです。
あなたは自身が幼いことを認識したのであれば、幼さが一つ減ったことを喜びましょう。
自身の幼さに気が付かずに死んでいく人は数しれません。
一つでも気が付き、一つでも良くしようと試みる人が悲観することはありません。
あなたは十分努めているはずですよ。
感謝する気持ちを大切に!
前向きに行きます。
返信削除ありがとう。
匿名さんへ
削除あなたの幸福を願っています(^^)