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「”天”から受け取った言葉を紹介しています。少しでも、あなたのお役に立ちますように」

2015年6月21日日曜日

主人

人は自らの主人によって報酬を得ることができます。
人は、主人によって与えらえれる報酬により、人生を築いていくのです。
主人によって与えられる報酬がなければ、人生は築かれません。
どのような主人に仕(つか)えるにしても報酬は支払われますが、大切なのはその報酬の質であるのです。
すべての人は主人を持ちます。
あなたは主人に仕えています。
あなたがどのように考えようとも、あなたは主人のために仕え、そこから報酬を得ているのです。
その事実に気が付かなければなりません。
あなたの受け取る状況が、あなたの主人から支払われる報酬であるのです。
この世界には因果の仕組みが存在しています。
それは”神”が創造した理(ことわり)です。
何者も、これを離れることはできません。
すべての存在が真理の下に有るのです。
しかし、あなたの上には主人がいます。
あなたの父や母、尊敬する人物、あなたよりも社会的地位が上の人物・・・
あなたに何かを与えている人は、あなたの主人であると言えるでしょう。
しかし、主人といっても、それは人間だけに限られたものではありません。
人間でなくても、あなたの主人には成り得るのです。
例えば、あなたの思想の根本を成す”主義”です。
すべての人は、目には見えない主義という主人に仕えています。
主義を持たない人間は存在しません。
人が思考し、行為するためには、その根本である主義が必要であるからです。
主義と言えば、厳格な印象を持つかも知れませんが、そのように考える必要はありません。
動機こそが主義であるのです。
人は無意識の内にでも何かを信じ、仰(あお)いでいるものなのです。
それがあなたの主人となります。
あなたは、信仰の対象から得る報酬によって生きているのです。
主人は、自らの持っているものを与えます。
農夫ならば野菜を与え、漁夫ならば魚を与えます。
主人が自らの持っていないものを与えることはありません。
そのため、あなたは主人が何を持っているのか?ということを気に掛ける必要があるのです。
あなたの仕えている主人が持っているものは何ですか?
持ち物以外の報酬を支払うことはできないのです。
主人の本質を見極める必要があるのです。
野菜が欲しければ農夫に仕える必要があります。
魚が欲しければ漁夫に仕えるのです。
野菜が欲しいのに漁夫に仕えてはなりません。
矛盾していることは、不自然であるのです。
毛髪が自然に抜けることには苦痛はありません。
しかし、それを無理矢理に引き抜けば、強い苦痛を受けることになるのです。
不自然であり矛盾していることは、人生に苦悩を導きます。
”神”に仕えているつもりであっても、その実、それ以外のものに仕えているのであれば、支払われる報酬があなたの理想に等しいことはないのです。
”神”とは何ですか?
それは愛情です。
あなたが”神”に仕えているのであれば、思いやりや慈(いつく)しみを以て働きましょう。
”神”に仕えていると自称していても、愛情を働いていないのであれば、違う主人に仕えているのです。
報酬は主人によって与えられます。
あなたの働きに相応しい主人が、あなたの働きを見込んで、その働きに相応しい報酬を支払うでしょう。
あなたは労働の代価を受け取らなければなりません。
あなたの働きによって発生した報酬は、あなたが受けなければならないのです。
他人のものを受け取ることは罪になります。
あなたは、自らの働きの報酬として、目の前の状況を受け取っているのです。
そのため、人生は自己責任の世界であるのです。
誰かや何かのせいにすることはできないのです。
あなたは自らの意思によって、その主人に仕えたのです。
人生に後悔するのであれば、自らを省みましょう。
どの主人に仕えるのかは、あなたが決めれば良いのです。

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