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「”天”から受け取った言葉を紹介しています。少しでも、あなたのお役に立ちますように」

2016年1月15日金曜日

主の種蒔き

すべての存在は、”神”の作物です。
あなたを含めたすべての存在は、”神”の畑である地上に蒔(ま)かれたのです。
”神”は地上に蒔いた種を大切に思っています。
一粒の種も忘れることはありません。
すべての種の世話をするのです。
しかしならが、種にはそのことが分かりません。
種は自分が種であるということすら知らないからです。
種であるあなたは、大地に蒔かれました。
蒔かれた種は、その種類に合わせて育まれます。
ある種は土の上に蒔かれます。
ある種は土の上に蒔かれた後に土を被(かぶ)せられます。
ある種は浅く掘られた穴に蒔かれ、土を被せられます。
ある種は深く掘られた穴に蒔かれるのです。
種によって、育て方は違います。
しかし、それは種の特性によるのです。
その種に相応しい状態を与えられるのです。
それは、種が無事に成長するためです。
しかし、種にはそのことが分かりません。
地上に蒔かれた一粒の種も、主である”神”の意思を理解しないのです。
土の上に蒔かれた種は、土の上に蒔かれたことに不安を覚えます。
土の上に蒔かれた後に土を被せられた種は、そのことに文句を吐きます。
浅く掘られた穴に蒔かれた種は、浅い穴に満足することができません。
深く掘られた穴に蒔かれた種は、絶望を覚えるのです。
すべての種が、否定的な態度をとります。
自分自身に与えられた境遇を受け入れることができないのです。
種が適切な境遇を知っているのでしょうか?
発芽率は、境遇に比例するのです。
主である”神”はそのことを知っているのです。
その種に最適な境遇を与えるのです。
それぞれに良いところと悪いところがあります。
しかし、それが最善です。
他の種と境遇を比較することは意味を成しません。
なぜなら、それぞれが違う種類の種だからです。
少ない水で育つ種もあれば、多くの水を必要とする種もあります。
多くの土が必要な種もあれば、少ない土で育つ種もあるのです。
それぞれが、与えられた境遇に最善を尽くせば、発芽(覚醒)が促(うなが)されるのです。
発芽しなければ、幹も枝葉もありません。
幹や枝葉がなければ、花や果実もないのです。
人生には(あなたにとって)辛いことが多くあるでしょう。
しかし、泣き言を用いてはなりません。
深く掘られた穴に蒔かれた種ならば、土の重さや地上までの距離などの抵抗を糧(かて)にして力強く生きれば良いのです。
それは、地上に出た時に力となるからです。
希望の光が見えなくても、決して諦めてはなりません。
少しずつでも根を伸ばし、土を押し退けて進むのです。
そうすれば、地下から地上へと新芽を伸ばすことができるのです。
あなたは自分が”神”の作物であるということを忘れてはなりません。
あなたには最善の境遇が与えられています。
しかし、そのことを理解することができる種はありません。
そのことも理解しておきましょう。
種の立場と、農夫の立場では、見える景色が違います。
種にとっての大事も、農夫にとっては無事(小事)であるのです。
あなたは与えられた境遇を愛しましょう。
しかし、誤解してはなりません。
甘んじてはならないのです。
我慢して種のままで過ごせとは言っていません。
発芽して地上に出なければなりません。
その時になって初めて、種は自らの境遇に感謝することができるでしょう。
そして、自分を蒔いたのが”神”であるということを知るのです。

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