このブログについて

「”天”から受け取った言葉を紹介しています。少しでも、あなたのお役に立ちますように」

2016年3月13日日曜日

心の意図

人の心は定まりません。
心は常に彷徨(さまよ)っています。
それは、価値を求めて彼方此方(あちらこちら)に駆け回るのです。
あなたの心は落ち着きません。
常に何かを求めています。
それは、所有に飽(あ)き、別を所有しようと欲します。
人の心は満足することがありません。
それは決して定まらないのです。
あなたは、人の心が定まると考えてはなりません。
それは所有(物)を離れます。
すぐに別の物が欲しくなるのです。
心は一所(ひとところ)には止まらないのです。
陽が降れば雨を求めるでしょう。
雨が降れば陽を求めるのです。
そのことを理解しなければなりません。
人は、心の性質を理解して、それと付き合わなければなりません。
心を知らなければ、あなたは人生に戸惑ってしまうでしょう。
心は、あなたではありません。
あなたはそれを自分と重ねてはなりません。
心はあなたの意思とは関係ないのです。
多くの人は心が自分であると思い込んでいます。
そのため、心に翻弄(ほんろう)される時には苦悩を得るのです。
心は、あなたの不足を知っています。
そのため、あなたの不足を補おうとしているのです。
心があなたに導くものは、あなたの不足にとって重要です。
あなたはそれを以て不足を満たさなければならないのです。
心が導くものに対して苦悩している場合ではないのです。
それを大切に扱わなければならないのです。
心が所有を離れるのは、あなたに経験をさせるためです。
陽が降るという経験を得たのであれば、雨が降るという経験を得させようとするのです。
心は、あなたに多くの経験を導こうと努めているのです。
飽き易い人がいます。
それを気に病む必要はありません。
飽き易いというのは、集中が続かない訳ではないからです。
飽き易い人は、それによって広い経験を得ているのです。
それは浅いものではあるけれども、多くの比較対象を導きます。
比較対象によって、”それ”がどのようなものであるのかを知ることができるのです。
反対に、一つのことに専念する人がいます。
それを気に病むことはありません。
一つに専念するというのは、不器用という訳ではないからです。
専念する人は、それによって深い経験を得ているのです。
それは狭いものではあるけれども、本質に近付くのです。
本質に近付くことによって、”それ”の意味を知ることができるのです。
心は、あなたの不足を知っているために、忙しく働いています。
基本は価値を探すことに努めています。
そして、価値のあるものを見付けたら、そこにとどまって掘り下げます。
あなたが何かを飽きることなく続けるのであれば、その本質を教えてもらっているのです。
あなたは心の意図を知りましょう。
心を自分であると考えてはなりません。
あなたには心を理解することができないからです。
心を理解することはできませんが、心の意図を知ることはできるのです。
心の意図を知れば、目の前の状況に苦悩する必要はありません。
あなたは楽しんで、それを経験すれば良いのです。
人の心は定まりません。
それは、あなたに価値のある経験を探しているからなのです。

0 件のコメント:

コメントを投稿