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「”天”から受け取った言葉を紹介しています。少しでも、あなたのお役に立ちますように」

2018年5月4日金曜日

至上の目的

すべての人生には目的が存在しています。
目的の無い人生は存在しません。
それは、すべての人が役割を以(もっ)て生まれたからです。
それぞれに与えられた役割とは、それぞれが果たさなければならないこの世界においての仕事です。
すべての人は、大切な仕事を果たすために生まれたのです。
あなたには、あなたの仕事が与えられています。
それは、あなたでなければ果たすことの出来ない仕事なのです。
他の人には頼めません。
他の人には、それを果たすことが出来ないからです。
あなたは、自分に与えられた仕事を果たすように努めなければならないのです。
残念ながら、与えられた仕事を果たすことは容易ではありません。
"普通"に生きているだけであれば、仕事を果たすことは不可能なのです。
ここでいう"普通"とは、大抵の人が陥(おちい)っている、目の前の快楽や苦悩に左右される生き方のことです。
残念ながら、大抵の人はこのような生き方を選択します。
大抵の人は、目の前の快楽や苦悩に従って生きているのです。
大抵の人は、快楽を喜び、苦悩を悲しみます。
それが、"普通"であるということです。
あなたも快楽を喜び、苦悩を悲しんでいることでしょう。
それは、大抵の人が選択する当たり前の生き方なのです。
それは、感情的な生き方であるのです。
感情に従う生き方は、理性を無視する生き方です。
そのような生き方をしている人は、目の前の現象に対して考えを深めることはなく、利己的に思い付くままに行為します。
その生き方は、人格を薄くし、人生を浅くするのです。
人格が成長しない者には、人生の目的を見出すことが出来ません。
人格の成長しない者は、豊かな人生を生きることが出来ないのです。
大切なのは、人格を育むことです。
あなたが人格を育むためには、”普通”に生きるのをやめることです。
”普通”に生きるだけでは、人格は育まれません。
感情に従っている者の人格は、決して育ちはしないのです。
感情に従っている者は、我欲を育てているのです。
我欲を優先する者は、自らに与えられた役割を担い、仕事を果たすことが出来ないのです。
人が自らに与えられた役割を担い、仕事を果たすためには、理性に従って生きることが求められるのです。
人が感情に従って生きる時には、自分がこの世界に生まれた意味を見出すことは出来ません。
感情的に生きている人は、自分が何であり、何のために生きているのかを知らずにいるのです。
自分が何であり、何のために生きているのかも知らなければ、幸福が何かも分かりません。
幸福が何かも分からない者は、幸福を得ることは出来ないのです。
そのため、感情に従って生きている者は、決して幸福にはなれないのです。
理性に従って生きる者には、自分が何であり、何のために生きているのかを知る可能性に恵まれます。
自分が何であり、何のために生きているのかを知る可能性を得ることが出来れば、幸福が何であるのかを知る可能性もあります。
幸福が何であるのかを知る可能性のある者は、幸福を得ることも可能なのです。
そのため、理性に従って生きる者は、いつか幸福になれるのです。
人生には、自分の仕事を果たす以上の目的は存在しません。
自分の仕事とは、使命のことです。
あなたは、自分の仕事を果たすために命を得たのです。
多くの財産(人、物、環境など)を得たとしても、使命を果たすことがなければ価値がありません。
あなたは、使命を果たすために必要なものだけを得れば良いのです。
使命を果たすために必要でないものを得たとしても、それは、重荷となるのです。
多くの人は、心を重くしています。
それは、使命を果たすための必要を超えた所有をしているからです。
もしくは、その所有が使命を果たすための必要に達していないからなのです。
使命を果たすことに尽力すれば、心を重くする余計なものは必要ではなくなります。
必要を満たすことが重要なのです。
あなたは、理性に従って、自分の使命を見出しましょう。
そして、自分の使命を果たすことを最も重要な仕事だと考えましょう。
あなたに与えられた仕事は、あなたでなければ果たすことが出来ません。


そのことを忘れてはなりません。

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