人生を豊かなものにするのは、すべての人の義務です。
人は、自らの人生を豊かなものにしなければならないのです。
残念ながら、人生は、放置しておくと乏しさを得ます。
それは、人が未熟であり、歪んでいるからです。
それは、刃物に浮き出る錆(さび)のように、手入れをしなければ、やがては全体を覆(おお)ってしまうのです。
錆に覆われた刃物は、その切れ味を落とします。
錆によって、刃物は価値を失うのです。
錆は、刃物から生じます。
錆が刃物に取り付くのではないのです。
刃物は、自らが錆るのです。
人も、未熟と歪みを所有しています。
自らを磨くことを怠(おこた)れば、乏しさはすぐに生じてしまうのです。
小さな乏しさを気にする人は多くありません。
多くの人は、小さな錆を気にしないのです。
それは、すべての人が未熟であり、歪んでいるからです。
未熟であり、歪んでいるからこそ、小さな錆を気にすることなく放置するのです。
多くの人は、刃物に生じた小さな錆を放置します。
気にすることがあっても、錆を落とすことはしません。
多くの人は、小さな乏しさの発生に気が付いてはいても、それを改善するために自分自身を磨くことをしないのです。
刃物にとって、小さな錆は大敵です。
人にとっては、小さな乏しさは大きな損失なのです。
錆が刃物全体を覆うまでは、とても素早いということを覚えておかなければなりません。
それは、手入れを怠っているために、乏しさの臨界(りんかい)へと限りなく近付いているからなのです。
崖を落下する時には、急に落ちるのです。
残念ながら、豊かさと乏しさの境界は、緩やかなものではありません。
小さな乏しさを放置するのであれば、乏しさを食い止めることは出来ません。
豊かな人生のためには、自分自身を磨くことを怠ってはならないのです。
自分の未熟と歪みに打ち克(か)つことの出来ない者は、傲慢(ごうまん)や怠慢(たいまん)へと堕落してしまいます。
傲慢や怠慢へと堕落した者には、豊かな人生を実現することは出来ないのです。
崖を落下するのは簡単ですが、それを這(は)い登るのは難しいのです。
あなたは、自分の弱さに打ち克たなければなりません。
傲慢や怠慢へと堕落しないように、自分自身の手入れを欠かさないように努めなければならないのです。
そのためには、知性と教養が必要なのです。
人は、知性と教養によって、自らを磨くことが出来るのです。
知性と教養に欠けるのであれば、人は自らを曇らせてしまいます。
曇りは、やがて汚れとなるのです。
刃物が光を反射して美しく輝くように、人も理(ことわり)の光を反射して美しく輝きます。
しかしながら、錆に覆われた刃物は、光を反射して輝くことが出来ません。
光を反射しない刃物には、価値がないのです。
使えない道具に価値を見出すことは出来ないのです。
知性と教養に欠ける人は、理を受けて輝くことが出来ません。
理に従わない人物には、価値を生み出すことが出来ないのです。
それは、理に従わなければ、人は貢献することが出来ないからです。
それでは、価値がないのです。
あなたは、貢献しなければならないのです。
残念ながら、貢献しなければ価値がありません。
どのような形でも構いません。
何等かの形で貢献しなければ、豊かさを実現することは出来ないのです。
あなたは、自らが未熟と歪みを抱えているということを知りましょう。
決して、自分が正しいなどと思い込んではなりません。
人は、簡単に傲慢や怠慢へと堕落してしまうということを忘れてはならないのです。
あなたは、知性と教養によって、自らを磨きましょう。
気高く生きなければなりません。
どれだけの地位や財産を得ても、知性と教養に乏しければ、人生は問題を生じさせ、苦悩を導くでしょう。
あなたは、人生を豊かなものにしなければなりません。
堕落してはなりません。
自らを律(りっ)し、理と共に生きましょう。