人は、惰性(だせい)によって豊かさを実現することは出来ません。
それは、真っ直ぐに歩んでいれば、目的地へと辿り着くことが出来ると考えるようなものだからです。
この世界においては、目的へと辿り着くためには、道に従って歩まなければなりません。
道は、決して真っ直ぐには作られていません。
道は曲がり、目的地へと真っ直ぐに繋がっている訳ではないのです。
あなたが目的地へと辿り着くためには、道に従って方向を改めなければなりません。
道が右に曲がっていれば、右に歩みを改めなければならないのです。
あなたの辿り着くべき目的地には、真っ直ぐに歩んで辿り着くことは出来ません。
右に左に歩みを改めなければ、目的地へと辿り着くことは出来ないのです。
残念ながら、多くの人は惰性的に生きています。
多くの人は、歩みを改めることなく、真っ直ぐに歩み続けているのです。
それは、歩みを改めるのを恐れているからです。
歩みを改めることは、未知への挑戦です。
人は、歩みを改める時に、歩んだことのない未知を歩まなければなりません。
多くの人にとって、それは恐ろしいことなのです。
そのため、多くの人は、惰性によって真っ直ぐに歩もうとするのです。
しかしながら、真っ直ぐに歩んだところで、目的地へと辿り着くことは出来ません。
惰性的に生きることは、決して豊かさを実現しないのです。
あなたが豊かさを求めているのであれば、歩みを改めなければなりません。
いつまでも、同じ道を真っ直ぐに歩んでいてはならないのです。
それは、道を真っ直ぐに歩もうとしても叶わず、壁に行き詰まってしまうからです。
それは、停滞をもたらします。
停滞によって導かれるのは乏しさです。
血流が滞れば、細胞は死滅してしまいます。
呼吸が止まれば、命を失ってしまうのです。
残念ながら、停滞が豊かさを導くことはありません。
道を真っ直ぐに歩むことは、決して人生を豊かにはしないのです。
あなたは、道を真っ直ぐに歩んではなりません。
なぜなら、あなたが道を歩み始めた時には、より未熟であったからです。
より未熟であった自分が定めた方向性が、あなたを目的地へと辿り着かせることはありません。
歩みを改めることによって、あなたはより良い方向性を定めることが出来るのです。
次の歩みの方が、前の歩みよりも優れています。
あなたが歩みを改める程に、目的地へと辿り着く可能性は高まるのです。
惰性的に生きることは、恐れを忘れることが出来ます。
未知を無視することによって、人は恐れを忘れることが出来るのです。
恐れを忘れて生きることは、決して豊かな道ではありません。
豊かな道には、恐れも必要なのです。
陰陽のすべてを受け入れることによって、豊かさが得られます。
しかしながら、恐れを否定するのであれば、豊かさは得られないのです。
あなたは、恐れを受け入れ、歩みを改めましょう。
それは、退屈な日々からあなたを救い出すでしょう。
壁によって生じる問題や苦しみから、あなたを解放するでしょう。
歩みを改めることは、人生を豊かに生きることの基本です。
歩みを改めることがなければ、人は乏しさを生きなければならないのです。
”当たり前”が良いと思い込んではなりません。
次々に”当たり前”を覆(くつがえ)さなければならないのです。
そうすれば、あなたは未知の恐れと共に、未知の楽しみを得ることが出来るでしょう。
退屈から豊かさを得ることは不可能です。
しかしながら、未知の恐れと楽しみからは、豊かさを得ることは可能なのです。
それは、そこに可能性が存在しているからです。
人生を豊かにするためには、可能性に従わなければなりません。
惰性に従うことは、可能性を否定しているようなものなのです。
真っ直ぐに歩む者には恐れと楽しみと可能性がありません。
それは、空しい人生なのです。
実りある人生とは、恐れと楽しみと可能性の存在する人生のことです。
あなたは、恐れずに歩みを改めましょう。
そうすれば、目的地へと辿り着き、人生に豊かさを実現するでしょう。
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