すべての本質は隠されます。
	この世界において、本質が露(あらわ)になっているものはありません。
	すべての本質は外からは見えないように隠されているのが普通なのです。
	そのため、表面的な解釈に満足しているのであれば、真実に辿り着くことはできません。
	真実を得たいと考えているのであれば、本質的な解釈を求めなければならないのです。
	本質的な解釈とは、深層(真相)を探る思考法です。
	深くに向かわなければ、本質を得ることはできません。
	隠されている本質は、その内部に存在しているのです。
	そのため、玉葱(たまねぎ)を剥(む)いていくように、物事の深層(真相)へと向かう必要があるのです。
	”有りのまま”とは、あなたの心の状態を映し出しています。
	あなたの見ている世界は、心の状態を有りのままに映し出しているのです。
	素直に見ることは大切ですが、表面的な解釈で満足することは危険です。
	素直に見るということは、決して”何も考えない”ということではないからです。
	素直に見るということは、素直に考えることであり、その状態によって人は深層(真相)へと向かうことができるのです。
	素直に考えるということは、精査、探求するということです。
	素直に疑いを抱き、素直に問うのです。
	疑問を持つことは素直な証拠です。
	素直な状態でなければ、この世の矛盾に気付くことはできません。
	素直な心ほど、人の世の歪みに気が付くことができるのです。
	それは、人の世には恐怖を根底とする思想が存在しているからです。
	この世に存在しているほとんどの事柄が、恐怖を原因として生み出されています。
	保護とは、大切な対象が傷付くことを恐れた結果です。
	それは恐怖からなる行為であるのです。
	人の基本的な動機は恐怖です。
	恐怖に従わない人は少ないのです。
	そのため、世の中は恐怖に根差した仕組みを築いているのです。
	その本質に気が付かなければ、恐怖に怯える思想を当たり前のものとして抱えてしまうのです。
	恐怖に根差した思想が導き出す行為は、不調和や分裂を引き起こします。
	それは破滅的な行為に他ならないのです。
	破滅的な行為が原因となって導く結果とは、苦悩に満ちたものとなります。
	それは、人生の目的である成長とは掛け離れており、幸福や豊かさを得ることもできないのです。
	すべての存在は成長を求めています。
	幸福や豊かさを求めているのです。
	そのためには、恐怖に根差した行為を選択してはならないのです。
	本質が恐怖であるのならば、それは苦い玉葱となるでしょう。
	本質が喜びであるのならば、それは甘い玉葱となるのです。
	あなたの心が恐怖に満ちているのであれば、そこから出る言動は苦悩を導くのです。
	心が喜びに満ちているのであれば、その言動は幸福を導きます。
	世の中をしっかりと見なければなりません。
	その本質は必ず隠されています。
	表面的に解釈してはなりません。
	できる限りその深層(真相)に向かい、本質を掴みましょう。
	他人の言動に対して素直に疑いを抱き、素直に問わなければなりません。
	常識が正しいのでしょうか?
	教えられたことを暗記するだけでは、人生の意義を得ることはできないのです。
	教えられたことを暗記するだけの表面的な解釈では、成長することはできないのです。
	常識に疑問を抱きましょう。
	隠されている本質を見極めるのです。
	それは、すべての分野に向けられなければなりません。
	自分自身に対しても向けましょう。
	そうすれば、あなたは今までとは違う世界を生きることになるでしょう。
	知らないことを知るということは良いことです。
	何も知らないままに生きてはなりません。
	出来る限り深く進み、これまでとは違う世界を生きましょう。
	
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