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「”天”から受け取った言葉を紹介しています。少しでも、あなたのお役に立ちますように」

2015年7月21日火曜日

次の段階

思考を巡らせるのであれば、あなたは物事の深部に辿り着きます。
物事の深部に存在するのは本質です。
本質は真実を投げ掛けます。
真実を知ることによって、人は高次へと向かうことができるのです。
物事の本質を見極められない者に、次の段階は与えられません。
次の段階とは、新たな可能性のことです。
新たな可能性を得ることができないということは、同じことを幾度となく繰り返さなければならないということなのです。
繰り返して学び、深部に存在する真実に気が付くことがなければ、繰り返しを経験する必要があるのです。
それは、あなたの目的が成長するためだからです。
すべての存在は成長するという目的のために存在しています。
なぜ、成長することが目的であるのか?ということは、現段階のあなたに伝えても理解することができません。
そのため、偉大なる知性(神)の意向とだけ言っておきます。
偉大なる知性は、すべての存在に成長することを求めているのです。
そのため、成長することによって喜びが得られるようにしているのです。
あなたが成長することによって喜びを得ることができるのは、そのように設定されているからです。
成長によって苦悩を受ける者はいないでしょう。
すべての存在が成長することを喜びと感じているのです。
それは避けられないことです。
真理という掟(おきて)に逆らうことはできません。
それは、偉大な知性が定めた法であるからです。
真理の範囲内においての行為が認められているのです。
その中で、成長することによって得られるものは喜びであるということなのです。
物事を深く捉えなければ、この世界の真実に辿り着くことはできません。
真実に辿り着くことがなければ、偽りに辿り着くことになります。
偽りに辿り着くのであれば、真実の成長を実現することはできません。
それは、喜びの対極に存在する苦悩を得るという結果を導くのです。
成長したつもりであっても、喜びは得られません。
真実に対して成長することがなければ、真実の喜びを得ることはできないのです。
思考を巡らさなければなりません。
表面的に捉えてはならないのです。
あなたが得ている喜びは、偉大なる知性の意向に沿っているでしょうか?
自分勝手な欲望に従った喜びではありませんか?
真実を見極めることがなければ、自分勝手な喜びを楽しむことになります。
それでは、成長はおろか喜びを得ることさえできないのです。
幼い頃に覚えた喜びは、本当の喜びであるでしょうか?
知性が向上することなく、真実を知ることができるでしょうか?
幼い頃に覚えた喜びが、成長した現在でも通用するでしょうか?
深部に近付くほどに真実に近付きます。
それは、より真実に近い喜びに出会うということなのです。
人は知識欲を枯渇(こかつ)させてはなりません。
知識欲に満足はないのです。
食欲も睡眠欲も性欲も、それ等は底が存在します。
しかし、知識欲には底がないのです。
それは、必要な知識というものが膨大であるということに起因しているのです。
どれだけ思考を巡らせ、どれだけ深く潜ることができるのか?ということが求められます。
深部には、未知の知識、感覚、能力、生き方が存在しています。
それ等を探すのです。
真実を知らずに生きていくのですか?
偽りの人生を長く生きることに何の意味があるのですか?
人は長らえるために生まれたのではありません。
人は知るために生まれたのです。
知性を高めることに意義があるのです。
物事の深部を求めましょう。
そこに答えがあるのです。
表面的な部分をどれだけ探っても、真実を得ることはできません。
深部に至ることは簡単なことではありません。
それなりの危険を伴うことも覚えておきましょう。
真実は簡単には手に入りません。
覚悟を決めましょう。
そして、真実を手に入れましょう。

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