”神”は、すべてを美しく作りました。
	
	この世の一つとして、不要なものはありません。
	どのような形にも意味があり、どのような色にも意図があるのです。
	それ等はその時になって完全に調和し、美しさは極まります。
	美的感覚とは、人の価値観に依存しています。
	価値観によって、人の見る美の形は変わります。
	それは、人それぞれの美の相違を生み出すのです。
	”神”は、世界をより美しくするために、それぞれの色と形を分けたのです。
	様々な種類の花が咲き乱れることによって、美しさが極まるようにです。
	一種類では極まりません。
	それも美しく見えますが、極まることはないのです。
	世界は多様な状態で構いません。
	それぞれの色と形で良いのです。
	それがどのような色や形であろうとも、”神”の創作です。
	それが醜(みにく)いはずはありません。
	不要であるはずがないのです。
	あなたは必要とされています。
	あなたは美しいのです。
	しかし、輝きを放つためには、時と場所を必要としています。
	”神”はすべてを美しく創作しましたが、人はそれを歪めています。
	自我という汚れが、”神”の意図に反するのです。
	どのように美しい存在も、それを汚し、歪めてしまえば美しさを損ないます。
	この世界においては、本質が隠されているのです。
	表面を覆うものは、汚れや歪みです。
	人はそれを取り除かなければなりません。
	”神”はすべてを美しく作りましたが、それを破滅させることも許したのです。
	それが、汚れや歪みです。
	汚れや歪みは自然と生じます。
	何もしなくても、それ等は生じるのです。
	美しさを保つためには、汚れと取り除き、歪みを直さなければなりません。
	美しく輝かせるためには、管理が重要になるのです。
	美しさとは必要です。
	美しいものが必要とされます。
	汚れや歪みを生じたものは必要とはされません。
	あなたは、汚れや歪みを取り除かなければなりません。
	常に美しさを求め、磨き続けなければならないのです。
	それは、何に対しても同じです。
	自分自身に対しても、他人に対しても、状況や環境に対しても、人生に対してもです。
	”神”はすべてを美しく作りましたが、その管理をあなたに任せているのです。
	あなたは、そのことを忘れてはなりません。
	人生の目的は成長することにありますが、成長の条件として美しさは必須です。
	例えば、心が整い、美しく無い者は成長することはできないのです。
	美しくある時、それは成長することができるのです。
	その心に汚れや歪みを生じた人がいても、それを美しく整えるのであれば、成長することができるのです。
	しかし、汚れや歪みを放置している人には成長は実現しないのです。
	あなたは”神”の意思を知らなければなりません。
	”神”は何を求めているのでしょうか?
	何のための人生であり、何のための自分なのでしょうか?
	それは重要なことです。
	あなたは思慮深くありましょう。
	すべての本質は美しいのです。
	晴れの時は晴れを楽しみ、雨の日は雨を楽しみ、風の日は風を楽しみ、曇りの時は曇りを楽しみましょう。
	本質を理解すれば、あなたは汚れや歪みを取り除くことができます。
	それは、苦しみを退けるのです。
	すべての本質が美しいことを理解すれば、あなたが苦しむことはなくなるでしょう。
	
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