人生においては、あなたに相応しいものが導かれます。
目の前の状況、置かれた環境、付き合う人・・・
あなたが手にするすべてのものが、あなたにとって相応しいのです。
しかしながら、多くの人はそのことに気が付きません。
多くの人が、手にするものを受け入れられずにいるのです。
多くの人は否定を用います。
気に入るものは肯定(こうてい)しますが、気に入らないものは否定します。
多くの人の中では、それが”当たり前”となっているのです。
しかしながら、人生を考察した時には、そのようには思えないでしょう。
好き嫌いという幼稚な判断であっては、人生の最善を理解することができないということに気が付くのです。
好き嫌いによって最善が導かれるのであれば、すべての人が人生に満足しているはずなのです。
しかしながら、多くの人が人生に不満を抱えています。
好き嫌いによって判断しているにもかかわらず、豊かな人生を得られていないのです。
それは、好き嫌いという幼稚な発想が、人生の豊かさにはかかわりのないものだということなのです。
好き嫌いによって計ることができるほど、人生は簡単なものではありません。
あなたの判断は常に間違っています。
それは、あなたの価値観が逆転しているからです。
人格とは、魂の汚れです。
人が自分だと思っているもの(人格)は、魂の汚れであるのです。
人生は、魂の汚れを取り除くためにあるのです。
そのため、人生が好き嫌いという判断によって、理想通りに進むことは問題なのです。
多くの場合、多くの人は反対の判断を下さなければなりません。
今、あなたが喜んでいるものには警戒しましょう。
今、あなたが苦しんでいるものには、気を緩めなければならないのです。
汚れであるあなたが喜んでいるものは、汚れているものです。
汚れであるあなたが苦しんでいるものは、清いものなのです。
この矛盾に気が付く必要があるのです。
人生を考察しなければなりません。
自分にとって楽な道を選べば、どのような未来が待っているでしょう?
自分にとって苦な道を選べば、どのような未来が待っているでしょうか?
答えは、体験によって手に入れましょう。
多くの人は人生を考察してはいません。
人生について考えることをせず、感情に流されることによって生きているのです。
そのため、自分にとって何が最善であるのか?
人生が何であるのか?
ということに思い至らないのです。
あなたは自分に相応しいものだけを受け取っています。
そのことを忘れてはならないのです。
”人のふり見て我がふり直せ”という言葉があります。
他人があなたにもたらす行為は、あなたに相応しいものです。
人間関係の問題を抱えている人は少なくありません。
それは、人間関係を考察しないからです。
問題の本質を明らかにすることなく、問題が解決することなど有り得ないのです。
人間関係の本質とは、”人のふり見て我がふり直せ”ということです。
あなたは他人から、自分自身を学んでいるのです。
好き嫌いによって人間関係を選択するのであれば、あなたは益々汚れを増すでしょう。
好き嫌いによって人間関係を築くのであれば、いつまで経っても自分の歪みに気が付かないのです。
あなたを褒(ほ)め、あなたの味方になり、あなたと共に敵を討(う)つような人間に囲まれていては、あなたの成長は実現しないのです。
良い人間関係とは、あなたに自らの歪みを教えてくれる人との関係なのです。
人生の目的は汚れを取り除くことによって成長を実現することにあるのです。
あなたの汚れを指摘してくれる人でなければ、あなたは成長することはできないのです。
好き嫌いで人生を判断してはなりません。
あなたが味方だと思っている人は、あなたの敵かも知れません。
あなたが敵だと思っている人は、あなたの味方かも知れません。
安易に生きてはならないのです。
どの道を進むもあなたの自由です。
しかし、どのような選択も、自分に相応しい結果を導くということを覚えておきましょう。
0 件のコメント:
コメントを投稿