人生には、無駄は存在しません。
すべてが必要であり、最善です。
何一つとして、無意味なものは存在しないのです。
この世界には無駄は存在しませんが、非効率なことは存在しています。
一から十の段階を経れば足りることを、十五や二十を費やすのです。
それは、決して無駄なことではありません。
しかし、非効率であり、”作業”の遅れを導くのです。
それは、時間の浪費を意味しています。
人生において、時間は基礎となり、貴重なものです。
時間がなければ、この世界においては何も実現しないのです。
それは、砂上(さじょう)の楼閣(ろうかく)となるのです。
どれだけの材料、状況、力を揃(そろ)えても、時間が無いのであれば、決して実現しないのです。
賢者は時間を大切にし、愚者は時間を蔑(ないがし)ろにします。
賢者は時間よりも大切なものは無いと考え、愚者は時間よりも大切なものが有ると考えます。
そして、賢者は人生に多くを遺し、愚者は人生に多くを失うのです。
あなたが賢者となるためには、時間を大切にすることが求められます。
時間を大切にしなければ、どのような豊かさも実現しないからです。
しかし、多くの人は時間の大切さに気が付きません。
時間よりも大切なものがあると思い込んでいるのです。
例えば、時間よりもお金の方が大切だと考えます。
時間よりも命、時間よりも愛、時間よりも家族・・・
いろいろと考えますが、時間がなければそれ等をすべて失うことになるのです。
時間がなければ、何も役には立たないのです。
お金も、命も、愛も、家族も・・・
時間がなければ何の役にも立たないのです。
時間とはすべての基礎となる存在なのです。
そのため、あなたは時間を大切にしなければなりません。
時間を大切にするということは、効率を上げるということです。
一から十の段階を経れば足りることを、十五や二十を費やす必要はないのです。
時間を大切にするという考えがなければ、知恵はありません。
知恵がなければ、人は間違った判断を下すようになるのです。
あなたが効率を求めるのであれば、受け入れることを大切にしなければなりません。
多くの人は否定を所有しています。
それは、目の前の状況が理想とは違っているからです。
多くの人は、受け入れることができません。
目の前の現実を否定し、より理想に近い状況を求めているのです。
しかし、あなたがどのような選択をするかは、あなたの魂の(成長)段階によって決まっていることなのです。
人は魂の段階によってできることは違ってきます。
魂の段階は、人の一生のようなものです。
幼い魂は、知恵に乏しいのです。
そのため、一から十の段階を経れば足りることを、十五や二十を費やすのです。
人は、魂の段階に従ってのみ行うことができます。
魂の段階によって、できること、できないことが分かれているのです。
大人は、子どもよりも知恵があります。
それは、経験上、多くを学んでいるからです。
大人は一から十までの段階を経れば足ります。
しかし、子どもは、一から十までの段階では足りません。
子どもは非効率的な方法以外を知らないのです。
あなたは受け入れなければなりません。
多くの人は否定しています。
時間は、何に対しても重要です。
しかし、多くの人は目の前のことを否定し、受け入れることに遅いのです。
あなたは効率良く学びを得なければならないのです。
そのためには、安易な否定を捨てて、思慮深く受け入れなければならないのです。
目の前の現実から逃れようと無駄(非効率)な努力をしてはなりません。
努力は、現実を受け入れるために使うべきなのです。
あなたは逃げるほどに非効率を覚えるでしょう。
受け入れることが最終的には効率的だからです。
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