人には、それぞれの目的があります。
	目的とは、役割のことです。
	人は、それぞれに役割を担っているのです。
	それぞれの役割に応じて成果を上げなければなりません。
	成果を上げることは、役割を果たすことに繋がります。
	役割を果たすということは、目的の達成に繋がります。
	目的の達成とは、幸福であるのです。
	人は、それぞれの目的を果たすことによって幸福を得るのです。
	目的を果たさなければ、幸福を得ることができないのです。
	自らの目的を果たす者だけが幸福を得ることができます。
	目的を果たすことなく、幸福を得ることのできる者はいないのです。
	どのように努力し、どのように苦しみ悩んでも、目的を果たすことがなければ、幸福を得ることはできないのです。
	多くの人は自らの目的を果たすことを知りません。
	そのため、苦労の先に幸福を得ることができないのです。
	多くの人は不幸を所有しています。
	それは、自らの目的を果たさないからです。
	その結果、何かを苦しいと思い、怒りや争いに”興(きょう)じている”のです。
	苦しみの先に幸福が得られないのは、その道が人生の目的とは違っているからです。
	その道が人生の目的に相応しければ、どのような苦しみも幸福の原因となるのです。
	そのため、人生の目的に向かって進む人は、苦しみを覚えません。
	苦しいことも楽しいこととして受け取ることができるのです。
	人それぞれに、人生における目的は異なります。
	あなたの目的と他人の目的は異なるのが”普通”です。
	それは、それぞれが別々の役割を担わなければ、全体が豊かさを得ることができないからです。
	様々な役割が存在することによって、豊かさが実現します。
	一様に行っては、乏しさを実現することになるのです。
	一種類の業種しかなければ、その街はどうやって機能するというのでしょうか?
	様々な業種が存在するからこそ、共存共栄という状態が実現しているのです。
	この世界においては、多様こそが豊かさを実現するための条件なのです。
	人には役割が与えられていますが、それが一様であることはありません。
	それぞれが違う役割を担うことによって、多様が実現するのです。
	人は、それぞれに幸福の形が違います。
	あなたが幸福と思うことも、他人はそのようには思いません。
	他人が幸福と思うことを、あなたがそのようには思わないようにです。
	必ず、それぞれに異なるということを理解しましょう。
	異なるのが”普通”であるものを、混同してはなりません。
	それは、力を奪う行為なのです。
	それぞれが別々に共存し、共栄することが重要なのです。
	そのため、幸福の形が異なることを否定してはなりません。
	あなたの幸福の形が他人と違うからといって、恥じることはありません。
	他人の幸福があなたのものとは違うからといって、排斥(はいせき)する必要もありません。
	それぞれが、それぞれの役割を果たさなければならないのです。
	そのため、人と人は完全には理解し合うことができません。
	しかし、それぞれを尊重し、共存共栄することはできるのです。
	あなたは、それぞれが異なった役割を担っているということを理解しましょう。
	違いは正しい形なのです。
	寧(むし)ろ、違いが無いことを恐れましょう。
	他人のように振る舞う必要はありません。
	他人を自分のように振る舞わせる必要もありません。
	他人が自分に賛同してくれないからといって、自分の目的を放棄してはなりません。
	誰一人、あなたに賛同しなくても、あなたは役割を果たさなければならないのです。
	独りでもやらなければなりません。
	仲間がいなければできないというのは嘘です。
	どのような道を進むにしても、人は独りで歩まなければならないのです。
	それは、それぞれに幸福の形が違うからです。
	独りで歩めない道など、あなたの人生の目的ではないのです。
	そのことを理解しなければなりません。
	自分にしかできないことは何か?ということを考えましょう。
	自分にしか遺せないものを遺しましょう。
	その時に、独りでも歩みたいと思える真の道が現れるでしょう。
	
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