独り善(よ)がりではなりません。
人は、独りで生きているのではないのです。
人はそれぞれが協力関係の中に生存しています。
あなたの隣の誰かの存在が無ければ、あなたの存在も無いのです。
人と人とは協力し、共存し、共栄しているということを忘れてはなりません。
そのことを忘れてしまえば、人は自分勝手な判断に身を委(ゆだ)ねることになってしまうのです。
自分勝手な判断は視野を狭め、やがては独り善がりを実現します。
独りで喜んだとしても益が無いということを知らなければなりません。
なぜなら、そこには循環が実現しないからです。
何事においても、持続しなければ価値はありません。
持続しない方法を用いても益が無いのです。
持続可能な方法を用いることによって、そこには益が生じ、豊かさが導かれるのです。
循環とは、持続のことです。
持続の連続が循環です。
この世界において豊かさを求めているのであれば、持続による循環を実現する必要があるのです。
自然界は循環しています。
それを断続しているのが人間です。
人間が”不器用に”関わることによって、自然界の循環は断ち切られているのです。
自然環境の破壊は、益を導かないのです。
人は自然界の一員です。
あなたは自然環境の一部なのです。
独り善がりでは困るのです。
循環の和に参加しなければならないのです。
人は、人間社会を以て、自然環境に貢献しなければなりません。
人は、自分にできることをすれば良いのです。
しかし、自分ができることはしなければならないのです。
人間が自然環境に貢献することができるとすれば、それは人間社会の循環を生み出すことです。
人間社会が循環するようになれば、自然環境から貪(むさぼ)る必要もないのです。
あなたは、人間社会が循環していると思いますか?
人は自然を犠牲にして、独り善がりを楽しんでいるのです。
人間社会の歪んだ喜びは、自然環境の犠牲の上に成り立っているのです。
自然環境を破壊すれば、歪んだ喜びは持続しません。
それは、循環の和を断ち切ることになるのです。
人間の歪んだ喜びが、自然環境の邪魔をしているということを自覚しなければなりません。
人間は自然を犠牲にしているのです。
そのような方法が循環を導くことはありません。
あなたは独り善がりで生きてはいないでしょうか?
あなたの生き方が誰かの役に立っているでしょうか?
多くの人に貢献する必要はありません。
自然界であっても、直接的に関わる部分にだけ貢献しているのです。
それぞれが目の前のことを懸命にこなし、それに貢献するだけで良いのです。
それだけで、循環の和が生まれるのです。
あなたは、目の前の誰かを満足させなければなりません。
他人から求められる自分に成るのです。
あなたが他人を求めてはなりません。
それは、歪んだ喜びであり、何かを犠牲にするからです。
人間社会は自分勝手に自然界を求めてきました。
その結果が循環の和の切断です。
自然界も、人間社会も、今のままの方法で持続していくでしょうか?
そろそろ、独り善がりに生きることをやめなければなりません。
それぞれがそれぞれのことを考えて生きる時代が来たのです。
互いが協力することによって、持続可能な世界を築いていかなければなりません。
既にこの世は、何かを犠牲にして喜ぶ時代ではありません。
自然界では当たり前の持続を喜ぶ時代なのです。
自然界に独り善がりな存在はいません。
自分のために働いているように見えるかも知れませんが、すべてが利他のために働いているのです。
そうでなければ、持続しないのです。
循環の和を無視してはなりません。
他人を求めるのではなく、他人に求められる人になりましょう。
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