あなたは人生をもっと柔軟に捉えなければなりません。
既存の価値観によって人生を計ってはなりません。
人生はあなたのものであり、それはあなたにとって最善の形を成します。
あなたの現状はあなたにとっての最善であり、それ以上でもそれ以下でもありません。
あなたは自らに”与えられた”現状というものを大切にする必要があるのです。
分相応に生きることが重要です。
それを犯してしまえば、自らにとっての最善をわざわざ破壊することになるのです。
最善が破壊されるのであれば、苦悩を得ることになるのです。
現状は最善の形であるのです。
あなたはそれに満足しなければなりません。
しかし、これは向上意欲を手放すということではありません。
自らを客観視することを忘れてはいけないということなのです。
これは戒(いまし)めです。
しかし、あなたを脅す訳ではありません。
あなたが苦しまないように、自らに対する客観性を忘れてはならないということなのです。
そのためには、人生に対する柔軟性を身に付けなければならないのです。
他人とあなたの人生は同じものではありません。
他人が見出す価値と、あなたにとって本当に価値のあるものとは違うのです。
しかし、客観性と柔軟性によって分(ぶん)を弁(わきま)えることのできない者には、価値を見極めることができません。
価値を見極めることができなければ、価値の無いものを追うことになるのです。
価値の無いものを追うのであれば、価値を手にすることができないのです。
自分にとって価値の無いものをどれだけ集めても、豊かさを手にすることはできません。
自分にとって価値の有るものが少しでもあれば、豊かさを手にすることができるのです。
既存の価値観によって惑わされる者には、豊かな人生を手にすることはできません。
豊かだと思い込む人生を手にすることはできますが、それは偽物であるのです。
偽物はいつまで経っても偽物であるのです。
そのことを覚えておかなければなりません。
人生に対する柔軟性を失えば、自分自身とっての価値を見失います。
既存の価値観に捉われている者には、何が自分にとっての価値であるのかを知ることができないのです。
あなたは常に自分にとって価値の有るものは何か?ということを問いましょう。
自分にとって価値が有ることが重要であるのです。
他人にとって価値が有ることなど、あなたには何の意味も無いのです。
それによっては、他人が豊かさを得ることはできますが、あなたが豊かさを得ることはできないのです。
情愛(じょうあい)を大切にしている人が、暴力を大切にしている人の真似をして豊かさを得ることはできません。
その反対も然(しか)りです。
人にはそれぞれの価値というものがあります。
それを一緒くたにして考えることはできません。
人にはそれぞれに学びの段階があり、必要とする改善も違うのです。
必要とする改善が違うために、価値となるものも違うのが自然なのです。
そのため、他人のように生きる必要はありません。
他人の状況や環境や所有物に耽溺(たんでき)する必要はありません。
どれだけ他人を羨望(せんぼう)したとしても、あなたにとっては価値の無いものであるのです。
価値の無いものをどれだけ集めても豊かさを得ることはできません。
それを忘れてはなりません。
多くの人は柔軟性と客観性を失った状態で人生を生きています。
そのため、自分にとっての価値を見失っているのです。
他人に流されてはなりません。
あなたは自らの人生を真っ直ぐに見つめていなければならないのです。
余所見(よそみ)をしながら歩くのであれば、小石にさえも躓(つまず)きます。
これは、あなたの人生であるのです。
あなたは自分自身の人生を歩んでいるのです。
他人と自分を比較する必要はありません。
他人は他人であり、自分は自分であるということを理解しましょう。
人生を柔軟に捉えましょう。
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