人生の旅路において、あなたが持ち運ぶことのできる荷物には限界があります。
	自らの力よりも大きなものを持ち運ぶことはできません。
	自らの力よりも大きなものは、置いて行かなければならないのです。
	人生は旅路のようなものです。
	必要な荷物は持ち運ぶことが求められますが、不要な荷物を持ち運ぶことは憚(はばか)られます。
	多くの荷物を持ち運ぼうとするのであれば、その重みによって旅路は大変なものになるでしょう。
	必要最低限の荷物を持ち運ぶことが、旅路を進む上では最善なのです。
	多くの人は心配します。
	必要最低限で事足りるという概念よりも、”備えあれば憂いなし”という概念を大切にするのです。
	多くの人は不足を恐れます。
	不足することによって発生する問題や困難を先立って考えているのです。
	危機管理能力に長けているのは素晴らしいことですが、それが行き過ぎてはネガティブな心の状態を引き起こすのです。
	そして、直接的には必要の無いものまで荷物とするのです。
	多くの人は人生に対して不安を抱いています。
	そのため、必要以上の荷物を持ち運ぼうとしています。
	その概念が加算(かさん)という選択を導くのです。
	これは、何かを継ぎ足すことによって問題を解決しようとする考え方です。
	それは、コップに水を注ぎ足すような行為なのです。
	コップの中の水が少ない方が持ち運ぶ時には簡単です。
	水の量が増すほどに、それを持ち運ぶことは困難となるのです。
	しかし、水が少な過ぎると有益ではありません。
	要は、バランスが大切であるということなのです。
	できる限り多くの水を、無理なく運ぶことが重要なのです。
	あなたは病を得た時に、どのようにその問題を解決しようとするでしょうか?
	あなたは病を治療しようとするでしょう。
	それは自然なことです。
	しかし、治療にも”加算と減算(げんさん)”という二つの選択肢があるのです。
	多くの人は病を治そうとして、加算の選択をします。
	それは、投薬という選択です。
	その病に効くと言われている薬を、あなたは躊躇(ちゅうちょ)なく体内に収めるでしょう。
	ここでは、薬が悪いと言うのではありません。
	しかし、加算だけが治療(可能性)ではないということを言いたいのです。
	多くの人は偏見によって生きているということを知りません。
	既に偏見によって生きているために、自らが偏見を抱えているということを偏見によって知ることができないのです。
	人の世では、継ぎ足すことで問題を解決するという方法が用いられます。
	それは、人の世の根底には経済活動が存在しているからです。
	消費することを求められ、それが正しいことであると教え込まれているからです。
	そのため、多くのものを加算によって所有するという考え方に至るのです。
	実際、あなたは病を得た時には、薬を探すでしょう。
	何かを加算することによって、問題を解決しようとするのです。
	必要以上に抱えれば、その重みによって歩けません。
	それが度を超えれば、重みによって潰されてしまうでしょう。
	必要以上に荷物を抱えてはなりません。
	手放す勇気を身に付けなければならないのです。
	多くの人は荷物を抱え過ぎています。
	それが苦悩として伸(の)し掛かっているのです。
	根を詰めて生きることはありません。
	力量に勝る荷物を運ぶ必要はないのです。
	あなたが持ち運ぶことができる荷物を確実に運ぶ方が有益であるのです。
	欲を出してはなりません。
	時には諦めることも大切なのです。
	生真面目に生きる必要もありません。
	可能性は様々にあるのです。
	押し潰されるのであれば捨てましょう。
	人生において大切なのは、目的地へと辿り着くことであるのです。
	生きていなさい。
	
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