多くの人にとって、人生は繰り返しです。
	多くの人は繰り返しを受け入れています。
	それは、繰り返すことを求めているからです。
	繰り返すことによって安心感を得ているからです。
	多くの人が安心感を求めています。
	それは、心の平穏に繋がるからです。
	心が平穏に包まれることを多くの人は幸福だと認識しているのです。
	多くの人は安定志向によって、繰り返しを受け入れ、繰り返すことによって安心感を受け取っています。
	多くの人は安心感が実現することを喜びますが、それも続けば問題となります。
	それは、安心感が退屈を導いてしまうのです。
	退屈とは変化の存在しない状況です。
	多くの人は変化を恐れているために、変化の無い状況を求めていますが、それを続けるということは人生の目的に反するのです。
	人生の目的は成長にあります。
	成長とは変化するということです。
	そのため、安心感を導く不変という状況は矛盾を抱えることになるのです。
	安心感を求める人も、退屈は求めていません。
	それは、退屈というものは安心感が腐敗した状態だからです。
	退屈は苦悩を導くために、安心感と反発するのです。
	安心感というものは、一瞬の状態に過ぎません。
	一瞬の幸福を求めているのであれば、矛盾を抱えることもありませんが、多くの人が求めているのは長く続く幸福なのです。
	長く続く幸福を得るためには、人生に矛盾を抱えないようにする他ありません。
	人生に矛盾を抱えないようにするためには、変化を続けることによって成長し続けなければならないのです。
	あなたが幸福を求めているのであれば、安定志向を手放し、繰り返しから外れなければならないのです。
	多くの人は繰り返しによって人生に飽(あ)きています。
	絶望や諦めという感情ではないのです。
	生きることに飽きているのです。
	繰り返しは人生を習慣的な作業としてしまうのです。
	安定志向の持ち主は、習慣的な作業の中に生きるようになるのです。
	何の変化も無く、ただ同じことを繰り返すことによって、人生の意義を見出すことができるでしょうか?
	退屈を所有している人には人生の意義を理解することはできないのです。
	退屈しているということは、考えていないということです。
	退屈しているということは、価値観が変わらないということなのです。
	”自分”が変わらないために、退屈しているのです。
	”自分”が変わらないことが苦悩の原因なのです。
	あなたは考えなければなりません。
	与えられた情報を鵜呑(うの)みにしてはならないのです。
	あなたは自力によって思考し、自力によって決めなければならないのです。
	あなたは人生を切り開くのです。
	繰り返しという”檻(おり)”を破るのです。
	現状の価値観を手放すのです。
	安心感が得られたからといって、人生が終わりであるはずがないのです。
	人生は常に学びの中なのです。
	退屈している暇はないのです。
	あなたには、学ぶべきことが無数に存在しているのです。
	繰り返しに安心してはなりません。
	退屈はあなたの精神を確実に蝕(むしば)みます。
	それは、白蟻のように建物の柱に侵入し、その内部を失わせるのです。
	見た目には変わり無くとも、構造は脆(もろ)くなっているのです。
	気が付いた時には建物は倒壊します。
	これと同じように、安心感に酔い痴(し)れている者の幸福や人生は、気が付いた時には倒壊することになるのです。
	人生に安心感を求めてただ繰り返している者の末(すえ)は、苦悩と後悔であるのです。
	あなたは人生に飽きていませんか?
	それは価値観の停滞であるということを覚えておかなければなりません。
	環境や人間関係を変える必要はありません。
	価値観を変えれば良いのです。
	価値観を変えることによって、あなたは繰り返しを外れることができるでしょう。
	安心感を求めることは大切ですが、そこにとどまらないように注意しましょう。
	人生の目的が成長にあり、そのためには変化が必要であるということを忘れてはなりません。
	
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