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「”天”から受け取った言葉を紹介しています。少しでも、あなたのお役に立ちますように」

2015年11月29日日曜日

仕事

すべての人には役割が与えられています。
すべての人が自らに与えられた役割を果たさなければなりません。
役割とは、目の前の仕事として導かれます。
どのように小さな仕事であろうとも、自らが行わなければならない仕事であるのならば、何をおいてもそれを果たさなければなりません。
他人がその役割を果たすことはありません。
自らに与えられた役割は、他人に与えられた役割ではないからです。
多くの人は、自らの役割を知りません。
やらなければならない仕事があるにもかかわらず、それを自らの役割であるとは認識していないのです。
その結果として、甘えが生じます。
甘えは腐れです。
それは、苦悩を導くに容易(たやす)いのです。
多くの人は甘えを所有しています。
なぜなら、自らの役割を自力によって果たそうとするよりも、他人に任せ、依存することによって果たそうと考えているからです。
自力によって目の前の問題を解決しようと考え、実行している者がどれだけいるでしょうか?
多くの者は他人を頼るのです。
他人を頼ることが悪いと言っているのではありません。
自力によって及ばない部分を助力してもらうことは構いません。
しかし、自らの仕事を果たす努力に励(はげ)む前に、他人の力を当てにするのです。
耐えることと、努力することは違います。
耐えることは、ただ受けることであり、努力することは創意工夫によって可能性を広げることなのです。
多くの人は耐えることを努力と考えます。
苦しみに耐えている自分を褒(ほ)めようとし、他人のところに出向いては褒めてもらおうとするのです。
耐えることなど誰にだってできるのです。
それは特別なことではありません。
野に咲く小さな花でさえ、嵐に耐えます。
あなたはそれを褒めるでしょうか?
苦しみに耐えることを賞賛(しょうさん)する必要はありません。
なぜなら、それは当然のことだからです。
当然のことをしているのに、どうして賞賛される必要があるのでしょうか?
苦しみの中にあって、それを切り開く努力こそが賞賛されるべきなのです。
結果など気にする必要はありません。
思い通りの結果など、人生においては必要ではないのです。
なぜなら、あなたの理想ほど信用ならないものはないからです。
すべての人は未熟であり浅はかです。
未熟者の理想を賞賛することができるでしょうか?
あなたは知恵の無い者が理想を語るのを聞いて、それを褒めることができるでしょうか?
あなたに知恵があれば、寧(むし)ろ、それを窘(たしな)めることでしょう。
例えば、盗みを働いて喜んでいる者に対して、賢者は忠告するのです。
知恵の無い者にとっては、盗品は喜びの味であり、賢者にとっては毒となるからです。
理想に従って生きても、別の結果を受けることになるのです。
そのため、理想を頼りにすることはできないのです。
あなたは自らの役割を知らなければなりません。
やらなければならない仕事を疎(おろそ)かにしてはなりません。
愚かな者は、自らの仕事を放り出して遊び耽(ふけ)ります。
しかし、それが正しいことだと思い込んでいるため、そこには罪悪感などはありません。
そして、愚かさは増していくのです。
自分を正当化すれば、人は大切なものを見失います。
与えられた仕事を果たすことなく、どうやって幸福を得るのでしょうか?
仕事が進んでないことを弾劾(だんがい)されるのは、与えられた仕事をせずに遊んでいた者であるのです。
すべての仕事には、主人がいます。
どのような仕事も必ず、主人によって審査(しんさ)されるのです。
自分勝手な仕事などこの世には存在しません。
仕事の主人は、それを評価するすべての存在です。
あなたの仕事ぶりは、必ず評価を受けます。
それを避けることはできません。
後に悔いることのないように懸命に働いておきましょう。
仕事を疎かにしてはなりません。

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